可能性の話し
火蜥蜴=サラマンダーと土小鬼=ノームの二人の精霊は、上位の存在に進化した事によって、自身の拠り所からも長い時間離れていられる。
以前までならば、二人はそれぞれの拠り所であるランタンの中と小石入れの麻袋の中にいて、俺の魔力を食べながら過ごすのが日常であったが、今は、必ずしもそうしなくても顕在化している。
今、二人の精霊は、テーブルに置かれた水筒から顔を出す波の乙女=ウンディーネと、リュックの影に寄りかかって座っている嘆きの妖精=バンシーと、そのリュックの縛り口から顔を出す霜男=ジャックフロストと共に、足を伸ばしてくつろいでいた。
マッドサイエンティストじみた森の女王の質問攻めにあい、先程まではかなり怯えた様子があったサクヤだが、俺が森の女王との話し相手を変わった事で、だいぶリラックスしている。
「――で、どうかな?」
森の女王に繰り返し質問をしたことで、やっと何が目的なのかが理解できてきた。
一応整理すると、森の女王の話しはこういうことらしい――
まず、俺の機械人形=ゴーレムの身体を作った際、その動力としてダンジョン=インビジブルシーラの魔力核が使われているということ。
元々、狐神ウカの身体として使うつもりで開発し、その後、混沌王ヒルコの封印用に利用目的を変えていたのだそうだ。
その目的の為、大きな魔力源になり得る核を探したが、なかなか条件にあう素材は見つからなかった。そこで森の女王が考えついたのが、ウカを封印したダンジョンの魔力核であった。
分割されたとはいえ、女神を封じる為に太陽神が作り出した物質である。これ以上に目的に合致した素材は無かった。
しかし、今回、魂を移すという大プロジェクトを経て、ダンジョンの魔力核を動力に使った機械人形には中年の男の魂が封印されてしまった。
もちろん、森の女王にとっては無限にある時間の一刻であり、そのうちにまた新しく封印用の機械人形は作れるだろうという打算もあった。
だが、忘れ去られたダンジョンにて、粉々に砕かれ、ウカの魂が抜け落ちた魔力核を、鍛治の女神ブリジットが無垢の魔力核として復活させていた事がわかった。
復活した無垢の魔力核は、中年人形が吸収してしまうという、所謂大事故が起きて消滅してしまったが、同じものを作り出せるかもしれない可能性ができた。
それこそが、ブリジットの身体を取り込み、上位の精霊に進化を遂げた火蜥蜴のサクヤの存在である。
その姿は、ブリジットの面影を残し、さらには彼女が使っていた炎槌を手にしていた。
正に、その炎槌は鍛治の女神としての能力の一端を示している。
彼女にしか使いこなすことの出来ないはずの炎槌。あの大きさではあり得ない質量を内在し、物質から無駄なものを叩きだす力を宿している。
つまり、これを使うことができさえすれば、再び、無垢の魔力核を作り出す事ができるかもしれないのだ。
「――これは、可能性の話さ。」
こう話しながら、森の女王は俺に重大な計画を明かした。それは――
「実はね、君が封印されている機械人形の身体は、ヒルコを封じる際に使うつもりだったんだよ。君には悪いが、その時が来たら犠牲になってもらうつもりだったんだ。君たちの才能も利用させてもらってね。ハハハ――。」
悪びれた様子もなく、森の女王は言い切る。
まるで、それこそが自分たちの目的を達成する為には最善であると、自分の考えに全く疑いを持たない物言いであった。
しかし、そこで彼女にもたらされたのが、先程の「可能性」の話だ。
「君たちも会ったことがあるだろう? 冒険者ギルドのグランドマスターであり、かつての鬼神王ギル。彼が使徒として管理していた、もう一つの忘れ去られたダンジョンがある。そこにも、砕けちったウカ様を封じた魔力核が残っているかもしれない――」
古竜の卵の奪還戦の際、首都で出会った冒険者ギルドのグランドマスター。
彼が元使徒であり、狐憑きが引き連れた魔物の大行進によって滅ぼされたダンジョンの管理者であったという話は、以前に二人の老王から聞かされて知っている。俺たちは、グラマスのまさかの経歴に大いに驚かされた。
その鬼神王が管理していたダンジョンにも、今回と同じようにウカの魔力核があるかもしれない。
誰も管理していない廃墟のダンジョンである。
実際には、魔力核が残っているかどうかは五分五分の確率であろう。
しかし、森の女王の言う「可能性」があるのは確かだ。もし、砕けた魔力核のカケラが残っていれば、再現する事ができるかもしれない。
先述の「可能性」の片一方。サクヤがブリジットのように砕けた魔力核を繋ぎ合わせ鍛錬して、もう一つの無垢な魔力核を作り出せるかもしれない事。
そして、後述の「可能性」の片一方。滅ぼされたダンジョンに、砕けた魔力核のカケラが残っているかもしれない事。
この二つの「可能性」が両方とも実現したら、機械人形に使われている魔力核と同等の物を準備する事ができ、俺自身が犠牲になる必要がなくなるかもしれない……。
( ……まさか、俺を切り捨てるつもりだったとは……。)
流石に割り切れない思いはあるが、理不尽な扱いは今に始まったものでは無い。今までだって、散々、理不尽な思いはしてきている。
しかも、その理不尽が世界の歪な状況を正す一助となれば、大声で文句を言うことははばかられた――のだが……。
「――なんて事言ってるんですか!? あなたはご自身がどんな酷い事を言ったかわかっていらっしゃるのですか!?」
考えを整理する為に黙り込んでいる俺の後ろから、進取果敢な聖職者が大声で森の女王を非難し始めた。
確かに、被人道的な森の女王の発言は、俺を助ける為に力を尽くしてくれた仲間たちにとって、看過できないものに違いない。
俺は感謝の気持ちを持ちながらも、しかし、やるべき事をやるべきであろうと諒解してしまっていた。
「 ハハッ、何を言うんだい? 私は機械人形を提供する代わりに、私の計画に協力してもらうと話したはずだよ。まぁ、確信部分を明かしていなかったのはすまないが、君たちに文句を言われる筋合いはないね――」
森の女王は、初めて出会った時の人形のように冷たい表情で言い放つ。
「――だって、付き合いの長さ、深さをかんがえれば、出会ったばかりの君たちと、長い間一緒に過ごした仲間となら、あなたたちだって後者を選ぶでしょう?」
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