老王と火蜥蜴
火の精霊である火蜥蜴=サラマンダー。
本来、赤い炎でできた蜥蜴の姿をしていたが、火の半神半精霊であるブリジットの身体を取り込んだ事により、その姿を小人姿へと変えた。
赤毛のショートボブに、赤いオーバーオール。
ボーイッシュな容姿はブリジットの面影を感じさせる。
小振りの炎槌を右手に持って、所在無さげにブラブラと揺らしている。
唐突に名前を呼ばれたせいか、その表情はやや緊張気味だが、勝気な性格のせいか、その相手をキッと睨むようにしている。
「サクヤ君。そう緊張しないで。ちょっと確かめたい事があるだけだから。」
ハハハと軽く笑いながら、森の女王はドワーフ王の車椅子をサクヤの前へと移動させた。
「えっと――、まずは進化おめでとう。まさに、生まれ変わったかのような変化だね。その姿は、ブリジットを取り込んだことが影響しているのかい?」
車椅子の横でかがみ込み、小人姿のサクヤと視線を合わせるようにして話しかける。その話ぶりは優しく、いつもの無機質な雰囲気とは別人のようだ。
その様子を、涙を拭いていつもの調子を取り戻したドワーフ王が、厳つい表情で見つめている。
《 ……えっと……、たぶんそうだと思うわ。あの子の身体を取り込んだ時、残っていた魔力と力のようなものが染み渡ったのを感じたから。 》
表情とは裏腹に、おずおずと話すサクヤ。
すると、森の女王は歯を剥き出しにしてニヤリとした笑顔を見せた。
「――ということは、君はブリジットの力も引き継いだという事になるのかな? その握っている炎槌はブリジットが使っていたものだろう? 君も使えそうかい?」
矢継ぎ早に質問を繰り出され、サクヤは益々腰の引けた受け答えになってしまう。もう、勝気な表情すらも崩れてしまい、アワアワと慌てている。
《 ――えっ、えっと……。どうかしら、まだ何もした事がないし、何も考えてもいないから……。 》
返答が待ちきれないのか、森の女王の顔がどんどんサクヤに近づいていく。その圧力が、ますますサクヤを慌てさせた。
「――おいっ! アエテルニタスっ! いい加減にしないかっ! そんなに急かしては、サクヤだって答えようにも答えられんじゃろうが。」
あまりにも前のめりな森の女王の行動を諌めるドワーフ王。車椅子に乗ったまま、魔力で浮かべた俺の魔剣の腹で森の女王の頭を軽く小突く。
厳つい顔の老王であるが、しかし、自分の孫でも見るような眼差しで火蜥蜴を愛しむように見つめている。
「――痛たっ!? 」
小突かれた森の女王は、恨めしそうにドワーフ王を睨みつけながら、前のめりになった身体を起こし、もう一度、ゆっくりとサクヤに向けて語りかけた。
「すまなかったねサクヤ君。どうにも気が早ってしまって……。改めて聞かせて欲しい。君はブリジットの力――鍛治の女神としての力を引き継いだのかな?」
鍛治の女神として顕在し、ドワーフ族から尊敬を集め、敬愛されたブリジット。
彼女は俺の魔法剣をさらに鍛えあげ、素晴らしいアーティファクトへと昇華させた素晴らしい技術の持ち主であった。
もし、彼女の技術をサクヤが受け継いだとするのなら、確かにそれは凄いことだろう。
《 ……え〜っと……、流石に剣を打ったりは出来ないと思う……。ごめんなさい……。 》
サクヤはもうしわけなそうに頭を下げる。
流石にそんな上手い話はそうそうありえないか。
別に悪い事をした訳ではない。怒られている訳ではないのだから、そう悲観するものではないはずだ。
「いやいや、謝らなくていいんだよ。剣を打つのは様々な技術と知識が必要だからね。」
たいしてガッカリした様子を見せることもなく、けれども、森の女王はまた前のめりになり、サクヤとの距離を縮めながら話を続けた。
「私が知りたいのは、その炎槌を使って、また無垢の魔力核を鍛錬する事は出来ないか、という事なんだ。どうだろう、ブリジットのように砕けた魔力核の破片を結合させて核塊にすることは出来ないだろうか?」
砕けた破片を打ち直して鍛錬するだけならば、知識も技術もそれほど関係なく、ただ槌を打ち続ける事がだけできれば、やり遂げられるのではないか。
引き継いだブリジットの炎槌をサクヤが振るう事さえできれば、彼女のように力強く鍛錬を続けて、ウカの魔力核を復活させる事が可能なのではないか。
森の女王は、自分の考えを早口に述べ続ける。
まるで熱に浮かされた子供のように喋り続ける彼女に、再びドワーフ王のカミナリが落ちる。
「――じゃから、一人で突っ走るなっ! そんな調子で話し続けられたら、答えるに答えられんじゃろうがっ!」
先程よりも強めに剣の腹で小突かれた森の女王は、コブでもできたのか頭を抱えてしゃがみ込む。
痛みで黙った森の女王に変わって、ドワーフ王がゆっくと質問した。
「どうじゃろうか? サクヤ、槌を振るって核を打つ。ただそれだけの作業じゃ。出来そうかの? 」
優しいドワーフ王の語りかけに、胸から息を吐き出すようにして自分を落ちつけたサクヤが答える。
《 そのくらいならできるとおもうわ。あの子も出来ると言ってる気がするし……。ただ、精密な魔力の操作が必要だし、長い時間がかかると思う。 》
「――そうか! 出来るかっ!」
思わず身体を浮かせたドワーフ王が、車椅子から転げ落ちてしまう。
森の女王といい、ドワーフ王といい、なんとも忙しない……。もう少し落ちついて欲しいものだ。
俺はドワーフ王を起こして車椅子に乗せ直すと、何故、この老王たちがこんなにもブリジットからの力の継承にこだわっているかを問うた。
「――サクヤがブリジットの力を引き継いでいたら、どうなんですか? さっきから魔力核のカケラがどうとか……。ちょっとどういう事かちゃんと教えてください。」
サクヤを抱え上げ、二人の老王の前に立つ。
すると、頭をさすりながら森の女王が説明し始めた。
「ハハハ、ごめんよ。結論から言うと、サクヤにもう一つ、魔力核のカケラを繋ぎ合わせて、無垢の魔力核を復活させて欲しいんだ――」
自らも椅子に腰掛け、俺に椅子に座るように促してきた。さて、どんな理由なのだろうか。
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