老王と名剣
「――ブリジットの最後の作品か……。」
ドワーフ王は慎重に剣を受け取り、目を細めて剣先から剣の柄までゆっくりと眺めた。
そして、最後に剣の根本に埋め込まれた赤い魔晶を撫でる。指が曲がらなくなり、石のようにゴツゴツとした指で。
皺だらけで厳つい顔のままではあるが、その表情は、まるで子を慈しむ親のように優しい雰囲気を滲ませていた。
「――良い剣じゃの。元々の剣が良い品だったこともあるじゃろう。そこにブリジットの魔力が溶け込み、混ざり合い、さらに精錬されて不純物が取り除かれておる。前より細身になったが、剣の強度も切れ味も、相当に増しておる……。」
ポワッ――ドワーフ王は、剣に魔力を流すと、鋭い眼光でその流れ方に感嘆した。
「魔力を纏う素地も良い。しかも、あの子は神気を込めたと言ったな。ということは……。」
ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、剣を具に確認していく。
「ほぉ、この剣は精霊の加護があるのか。ブリジット……ではないな。なんじゃ、もう一人、この剣に宿っとるの……。」
そこまで言うと、突然、ドワーフ王は大声で笑い始めた。
「ガッハッハッ! 流石、鍛治の女神渾身の作品じゃっ! まさに名剣っ! 良い銘をつけてやらねばなっ! 小さな歯車よ、もうこの剣の名前は考えたのか?」
リトルギア――小さな歯車というのは、調上機嫌なドワーフ王が、俺を小馬鹿にする時に使うあだ名だ。
ついさっきまで、剣の魔晶を撫でながら感傷に浸っていたくせに、もう悪態がつけるとは。
まぁ、かの老王に、沈んだ雰囲気は似合わないか。おそらく彼自身も、無理矢理気持ちを押し戻したのだろう。しょうがない、乗ってやろうか。
だって、その証拠に彼のその瞳には、まだ涙が溢れていたから――
「まだ、決めてないです。良かったら、師匠がいい名前を考えてください。よろしくお願いします。」
♢
「さてさて、話は戻るんだけど――」
ドワーフ王にブリジットのその後を伝え終わると、待ちかねたように森の女王が話を切り出してきた。どうにも彼女は感慨に浸る時間というものを持ち合わせていないようだ。
それなりに気持ちを揺さぶられるような話だったと思うのだが、彼女にとって自分自身の興味に関わらないものには、あまり思考を割くことはしないのだろう。
キラキラと目を輝かせながら、俺に近づき、身体をベタベタと触り始めた。
「……ふむふむ……、機械人形の身体自体は特に変化はしていないのかな? 」
周りに気をくばることなど一切なく、独り言を繰り返しながら俺の身体を調べ続ける。おそらく、何かしらの変化、変調を感じ取ったのだろうが、俺自身は感じないのだが。
「……ん〜……何かこう、君から感じる魔力というか、なんだろう……。すごく圧力のようなものが増したように感じるんだが……。特に変化はなさそうだね〜……。」
身体は変っていない。
変わったとすれば、まぁ、ただ一点……、忘れられたダンジョンのウカの魔力核を吸収してしまったことを除けば――
「――師匠、身体自体はとくに変化は無いと思います。変わったのは多分……。」
俺は抑えていた魔力を一瞬解放してみせる。
ブンっ――
アリウムのように魔力障壁を作るわけでもなく、ただ、体内に貯め込み、押さえ込んでいた魔力を身体の外に放出しただけ。
魔力になんの意味も持たせていない、ただの魔力の放出。
ただ、それだけのはずなのに、使徒の部屋の中の空気が震えた。
「「「―――!?」」」
アエテルニタスの長い髪がフワリと浮かび、ソーンのポニーテールが揺れる。
その場にいた者全てが、中年人形の放つ濃密で重たい魔力が身体の脇をすり抜けたのを感じた。
「すいません。ブリジットが鍛錬していた無垢の魔力核を持ち帰ろうと触ったら、何故か俺の中に吸い込まれてしまって……。そしたら、それまで以上に魔力が増えたみたいです。そんな感覚なんです。」
アリウムの中に同居していた頃から、何度も何度も魔力渇枯を繰り返したおかげで、俺の魔力総量はかなり大きい。
さらに、機械人形となってからも、師匠たちからの指示で、魔力を使いまくって魔力総量を増やす特訓もしてきた。
だが、今回はそのどちらの感覚でもない。
なんと表現したらよいのか……。
魔力核を吸収した事で、魔力を貯める容量が倍にでもなったかのような感覚なのだ。
「――なるほどっ!! 合点がいったよ!」
嬉々としてメモ帳を取り出す森の女王。
どうやら俺に起きた現象は、彼女の興味の琴線に触れたようだ。
スラスラとペンを走らせながら、森の女王は俺に起きた現象を説明し始めた。
「君には言っていなかったが、君の身体の核――まぁ、人族で言えば心臓になるかな。その核は、このダンジョン=インビジブルシーラにあったウカ様の魔力核を利用しているんだ。」
だからこのダンジョンで倒した魔物はほとんど魔石を落とさないだろ、とサラッと驚く事を口にする。そう言われると、あれだけ倒した軍隊蟻も死体が消える事は無かったし、確かに魔石が落ちることは無かった。
あの軍隊蟻は、外からやってきた魔物が増えたものだったのか。どうりで森の女王がバランスがどうこう言っていた訳だ。
「ヒロ君。ブリジットが鍛錬し続けた魔力核を吸収したと言ったね? ということは、君の身体にある核が2つになったか、もしくはその核自体が融合して大きくなったのだろう。」
正直何を書いているのかわからない走り書きの計算式を見せながら、森の女王は、ソワソワと落ち着きなく部屋を歩き回る。
「つまり、君はただでさえ膨大な魔力総量を持っていたのに、魔力核を吸収したことによって、更に大きな魔力総量を手に入れたということさっ!」
彼女は両手を挙げて、体全体でその感情を爆発させている。彼女にとって、予想していなかった現象が起きたことは、彼女の興味を駆り立て、新しい欲を産み出すに充分なものだったのだろう。
「……しかし、そうか……。不可抗力だったとはいえ、一つの可能性が消えてしまった事にもなるな。ふうむ、元から砕けた魔力核を復活させる事ができるとは思っていなかったから、まぁ、しょうがないか……。」
テンションの上がり下がりが激しいが、おそらく森の女王の頭の中では、様々、色んな思考が繰り返されているのだろう。顎に手をやってみたり、頭を掻きむしってみたり、腕組みをしながら歩き回ってみたり……。俺たちは、俺たちを無視して考えに没頭する森の女王を見守り続けた。
「――サクヤ君っ! 君に聞きたいことがあるっ!」
進化した火蜥蜴=サラマンダーは、突然の呼びかけに驚いて硬直している。さて、何を思いついたのだろうか――
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