老王の後悔
♢
「――やぁやぁ、なんとまぁ、おめでとう。無事に戻れて何よりだよ――ん!?」
俺たちは、ダンジョン=インビジブルシーラにある使徒の部屋に無事帰還の報告しに訪れた。
「……なんとまぁ……、なんていうか、そこに居るのはヒロ君で間違いないのかい? それに――」
帰還した俺たちを見て驚いている森の女王アエテルニタスとドワーフ王ダンキルに対して、俺たちは、忘れられたダンジョンでの出来事を話した。
「――ほほう……。あのダンジョン、そんな事になっていたのか……。」
件のダンジョンには毒ガスが立ちこめ、所々、高温の熱泉が吹き出し、生身の人間が侵入できる場所ではなくなっていたこと。
その為か、ダンジョンの中には業火の番犬=ヘルハウンドしか存在せず、奴等が群れを作って闊歩していたこと。
機械人形=ゴーレムの身体のおかげで、俺と精霊たちは毒ガスの中でも活動する事ができ、精霊たちの力を借りながら俺単独でダンジョンの探索に挑んだこと。
そして……。
「な……、なんじゃと!? ブリジットが、あの子がダンジョンの奥で未だに顕在していたと!? ほんとか!? そ、それで彼女はどう………。」
鍛治を司る女神ブリジット――ダンジョンの最奥の部屋で、ウカが封印されていた魔力核のカケラを集めながら、ずっとずっと独りで鍛錬し続けていた彼女のことを話すと、ドワーフ王は驚きのあまり乗っていた車椅子から転げ落ちた。
「――おいおいダンキル、落ち着きたまえよ。全く、暗い穴倉が大好きな根暗なくせに、ドワーフという者はせっかちでいけないね。それでヒロ君、その鍛治の女神はどこに? それと……その……、女神が鍛錬していた魔力核は今どうなっているのかな?」
必死にブリジットの様子を確認しようとするドワーフ王を車椅子へと起こし上げながら、森の女王は努めて冷静な口振りで話の先を促してくる。
ただ、見た感じは落ち着いているが、彼女自身もその好奇心を抑える事は難しいらしい。彼女は口角が上がるのを必死で誤魔化そうとしてるようだ。
「ブリジットは、ダンジョンの最奥に契約で縛られていて、その場から動く事ができませんでした。それについては、彼女と契約していたドワーフ王が良くわかっていらっしゃるかと。」
俺の熱の入らない話ぶりに、ドワーフ王の表情に影が落ちる。
「……そうか……。ワシが契約を破棄しにいけなかったせいで……。あの子はあの場所に縛られ続けてしまったのか……。」
「……ええ。長い年月、独りっきり。」
「……そうか……。それであの子は?」
俺は進化した火蜥蜴=サラマンダーを近くに呼び寄せた。
赤髪の小人の姿になったサクヤを見て、ドワーフ王が唸る。サクヤに宿るその面影を見て、彼女がどうなったかを理解したようだ。
「――長い長い時間が過ぎてしまった……。ワシはお前さんの事、忘れたことはなかったよ。じゃが、こんな身体になってしまい、お前さんの所に行くことが出来なかった。あの竈門にお前さんを宿らせてしまっから、契約がどうなったかも確認できす……。いゃ……何を言っても言い訳にしかならんな……。」
ドワーフ王の声は震えている。
「……しかし、ワシの魔力が届かなければ、契約も勝手に消えてしまうだろうなどと、安易に考えていたことは事実じゃ……。」
「勝手な……。」つい、俺の口から悪態が口をつく。
「……うむ、その通りじゃの……。なんの言い訳にもなりはしない……。ワシが浅はかで不甲斐なかった為に、あの子に要らぬ苦悩を与えてしまった。本当にすまんかった……。」
口をきつく結んだまま、俺はブリジットが負った寂しさに思いを馳せる。
自ら消えてなくなる事を望むほどだ。
どんなに苦しかったことだろうか。
「……むむむ……。そうか……。あの子は、火蜥蜴に吸収されることを望んだのか……。」
再びあの場所に独りきり残される事を拒絶し、その身をサクヤに明け渡すことによって、消すことの出来ない契約から自由になろうとした彼女。
自らが望んだわけでは無いが、自分が結んだ契約のせいで長い年月、孤独な時間を過ごさせてしまった後悔で、ドワーフ王のその皺だらけの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「……あの子は自由を手にする事ができたか。お主らに、礼を言わなくてはならんな……。ありがとう――」
車椅子に座るドワーフ王は、曲がらない指をそろえた手で、その膝の上へとサクヤを招く。
そして、サクヤに向かって謝罪の言葉を繰り返した。
「……すまなかった。鍛治の女神などと勝手に祀りあげておいて、契約したお前さんを独り残したまま、ダンジョンを乗っ取られてしまった。ワシが弱かったばっかりに……。すまなかった……。すまなかった……。」
《 ……お爺ちゃん、あの子は怒ってなんかないわ。それよりも、お爺ちゃんが生きて居てくれた事を喜んでいたわ。それに身体は私が貰ったけど、あの子の魔力と心は、あの剣に―― 》
膝の上に登り、サクヤは優しくドワーフ王の頬に手を伸ばしながらブリジットの記憶を語る。
そして、俺の持つ魔法剣を指差し、微笑みながら俺にその後の顛末を教えるように促す。
「――ブリジットは、ほとんどの魔力を剣に嵌め込まれたこの魔晶に注ぎこんだと言っていました。」
俺は合わなくなった鞘の代わりに巻いていた布をゆっくり解き、ブリジットによって鍛え直された魔法剣を身体の正面に掲げた。
淡い銀光の刀身は反りの無い直刀。
剣の根本に埋め込まれた赤い魔晶の中心には、小さな焔が渦を巻くように揺らめいている。
「――僕の尊敬する冒険者から受け継いだ魔法剣を、鍛治の女神としての最後の仕事としてブリジットが鍛え直してくれました。そして、友人から貰ったこの魔晶も自ら鍛錬し、その力のほとんどを込めたと。そして――」
――俺と一緒に冒険したいと
俺は剣を寝かせ、魔晶をドワーフ王へと向けながらと近づくと、魔晶の中の焔が静かに明滅した。
まさかの現象に、俺も含めた誰もがその場で驚き声を上げるが、それまで涙にくれていたドワーフ王だけは、いつからかその顔に満面の笑みを浮かべている。
「――何か……、剣が……いえ、魔晶がドワーフ王と話しているみたい……。」
ソーンが呟く。
おそらく、この光景を目の当たりにした者達は全員そう感じたことだろう。
そう思わせるような時間が、剣と老王の間には流れていた。
『 ――久しぶりじゃな―― 』
そんな声が聞こえたような気がした――
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