精霊の進化②
♢
『――あぁ、みんなともっと冒険したかった……。みんな大好きよ――』
俺を救ってくれた、あの優しい妖精の声が聞こえる……。
「あり……がとな。なんか、随分と強く……なって。一緒に、ぼうけ……ん……したかった……。」
俺に目標を作ってくれた、あの優しい英雄の声が聞こえる……。
『――あの男と冒険がしてみたかった。羨ましいことじゃ――』
俺に消し去って欲しいと懇願し、今目の前から消えた女神の声が聞こえる……。
♢
《――ねぇ、ご主人様っ! ご主人様ってばっ!》
白昼夢の微睡みの中から、元気な声が俺の意識を目覚めさせる。
弾むようなその声は、先ほどまで鍛治の女神がいた場所から聴こえてくる。
胡座をかいたまま意識を飛ばしていた俺は、無理矢理肩を揺り動かされ、振られた頭から徐々に覚醒していく。
あぁ、ブリジットは逝ったのか――
ほんの数日の邂逅であった。
だが、花火が燃え尽きる前に盛大に光を放つように、目の前で有りったけの力を燃やし尽くし、自らの悲しい境遇から抜け出そうとした彼女の姿は、俺の心の中にしっかりと焼き付けられている。
自ら望めば、いつまでもこの世界に存在できたのだろうが、彼女は永遠の孤独を拒絶した。
半神半精霊――神とは、精霊とは、なんなのだろうか。何故、あれほどの力を与えられながら、理不尽なこの世界の理に縛られるのか。
まだ見ぬ、世界の柱たる神々も然り。
何が彼らの行動を促しているのだろうか。
幸せを与える?
不幸を無くす?
この世の道理も不条理も……、神々と呼ばれる者たちの責任でないのならば、そういった世界の成り立ちや行き先は、どんな法則で動いているのだろう――
♢
《――ご主人様ってばっ! あたしを見てっ! ねえってばっ! 》
パチンと頬に熱い体温を感じ、思考のに囚われていた俺は、今度こそはっきりと目を覚ました。
《――ご主人、やっと戻ってきたか!》
《――もう、せっかくあたしが進化したっいうのに、心ここに在らずなんだだものっ!》
ハニヤスとサクヤの声が部屋に響いているが、覚醒した俺の目の前には、見たことのない小人が立っている。
「 ……ん……って……、あちぃっ! 」
俺の頬から煙が立ち上り、焦げた匂いがする。
機械人形の身体ではあるが、五感は働いている。
痛みや暑さ寒さだってしっかりと感じているのに……。
「ちょっと、何するんだよっ? 頬っぺが焦げているじゃないか!」
森の女王曰く、機械人形の身体は魔力を混ぜ込んだ特殊な粘土で作られているらしい。ちょっとやそっとじゃ壊れないはずだが、しっかりと火傷はするようだ。
三角帽子の小人の隣で、赤い髪の小人が偉そうにふんぞり帰ってこちらを見上げている。
この火傷の犯人は、この目の前で騒いでいる赤い髪の小人のようだ。
「――ごめんよ、ブリジットの事を考えていたんだ。サクヤ、彼女を救い上げてくれてありがとう……ん!?」
そこまで言ってから、俺はサクヤの姿がもとの火蜥蜴=サラマンダーから、まるで違う姿になっていることに気がついた。
そう、火蜥蜴ではなく、小人の少女なのだ。
赤毛のショートボブに、赤いオーバーオール。
どこかしらブリジットの面影があるように見え、右手には小振りの炎槌を持っている。
「 ……サクヤ、その姿……。」
あまりの変わりように唖然とする俺に、サクヤは自分の姿を誇示するように、胸を張って仁王立ちしている。
《ご主人様っ! あたし進化したわっ! 言葉も話せるしっ! これで存分にご主人様とお話できるわっ!》
寡黙なハニヤスとはまったくベクトルが違う。
賑やかな赤髪の小人の少女は、火蜥蜴の姿の時とは違って、だいぶ垢抜けている。
「 ……ブリジットの力を上手く取り込めたって理解でOKなんだよね?」
俺の質問に、サクヤはクルクルと炎槌を振り回しながら答える。
《 ――ええ、そうね。あの子を丸ごといただいたから、あたしは進化できた。姿が変わったのは、きっとあの子の力がそれだけ強力だった証拠。あの子に抵抗する意思があったなら、取り込まれたのは、あたしの方だったと思うわ……。》
饒舌に話すサクヤの姿に、普通ならば違和感を感じそうなものだが、彼女の醸し出す雰囲気というか、気配がそんな違和感を排除してくれる。
普段の火蜥蜴の態度は、ヤル気のない素ぶりを見せながらも実はとても負けず嫌いで、密かに魔法のランタンの中から周りを伺い、いつも周囲に気を配ってくれる優しさを持つ、そんな女の子。
俺と意思を通わせられるようになり、夢中でお喋りを続けているが、それはきっと純粋な喜びからだろう。
サクヤのお喋りが一段落したところで、気になっていた質問をする。
「――サクヤ。その手に持つ槌は、ブリジットが使っていたものかい? 」
一拍の間をおき、すぐに元気な返事が返ってきた。
《そうみたいっ! 何故か私の手の大きさにあうサイズになって手に握られていたの。あたしの中にいるあの子が、あたしの力にしなさいって。》
それは、鍛治を司る女神としての祝福の一端であろうか。サクヤの中にブリジットの思いが強く残っているのなら、これからのサクヤにとって、足枷にならなければ良いなと思う。
アリウムの中に生まれて、彼を押し除けてこの世界で生活を続けてしまった俺としては、彼女が望ましい人生を歩む事がないようにと、少し心配な気持ちになってしまう。
《――大丈夫よ、ご主人様。あの子は私に力だけを食べさせたから。あの子の思いは、その魔法剣の中に宿っているわ……。》
俺の前に置かれた魔法剣。
鍛治の女神ブリジットは、自ら精一杯の祝福をこの剣に与え、神気と精霊力を、剣に取り付けた赤い魔晶に有りったけ注ぎこんだ。
それらは、俺の魔力と混ざり合い、俺の気づけなかった才能の使い方で、見事な剣を完成させた。
ブリジットがアーティファクトと呼んだこの魔法剣には、おそらく彼女の思いがギッシリと宿っていることだろう。
「 じゃあ、この剣の名前は『ブリジット』にしようか。彼女と一緒に冒険する為に。 」
俺は手に取った魔法剣を掲げて宣言しようとすると、慌てた様子でサクヤが止めに入った。
《――駄目よっ! 駄目っ! あの子が言っていたでしょ! その剣には元からご主人様を守る小さな剣精が宿っているって! だから、その剣にはその剣の名前を考えてあげてっ! 》
必死に頼み込む赤毛の小人の姿に驚かされたが、ブリジットの知識がのこっいるのかもしれないサクヤの言に従う事にする。
「 ……そうか、違う名前か……。 」
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