槌を振るう③
カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、………、
忘れられたダンジョンの最奥。
遠い昔、管理者が使っていた部屋。
壁と天井が震えるほどに、重たい槌を打ちつける音が響いている。
炎槌を振り下ろし、優しい英雄が残した肩身の魔法剣を鍛えているのは、かつては鍛治の女神として、ものづくりの匠たちに祝福を与え続けていた半神半精霊の少女ブリジット。
規則正しく打ちつけられる槌音は、ダンジョンに入ってからほぼ休みなしでの探索だった為、まだ睡眠をとっていなかった俺を、強烈な眠気が襲ってくる。
陽の光が差し込まないダンジョンの中では感じにくいが、おそらく今は深夜。機械人形の身体であっても、睡眠欲には勝てないらしい。
ブリジットからは、「 魔法剣と赤い魔晶を鍛えるには、しばらく時間がかかる。だから、その間、ゆっくり休んでいろ。」と言われた。
本当ならば、手助けをするべきなのだが、事実、俺ではブリジットの作業を手伝うことができない。 ならば、せめて見守ろうかと思ったが、コクリコクリと舟を漕ぐ俺に、「 フラフラしおってからに……。まったく集中できん! いいからお主は休め。出来上がったら声をかけるから! 」と半ば強制的に部屋の隅で横にならされてしまった。
邪魔になってると言われては、流石にうまくないという事で、俺は言葉に甘えて眠ることにしたのだ。
カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、………、
時折混ざるブリジットの気張り声が、度々俺の意識を覚醒させるが、魔力の消費が大きかった事もあり、すぐに眠りに落ちる。
覚醒しては寝落ちするという事を繰り返しながら、俺はブリジットと精霊たちの会話を聞いていた。
「――お主らは良い契約者と出会う事ができて良かったの。ワシもお主らと共に、あの男と冒険がしてみたかった。羨ましいことじゃ――」
遠く聞こえる精霊たちの会話。
槌音の切れ間切れ間にひっそりと聞こえてくる。
「――サクヤと言ったか? お主の中でこれからの顛末を見届けようぞ。じゃから、よろしく頼むのーー」
炎槌が打ちつける度、魔法剣から鈍色の火花が飛び散る。
今までの戦いで鋭い切れ味を見せてくれたこの剣は、何度も俺の助けになってくれた。
剣術のレベルが、良くて中級者に毛の生えた程度の俺だが、剣の技術で敵を圧倒する事ができずとも、その鋭い切れ味で敵を切り裂き、俺の技術を補ってくれている。
そんな優秀な魔法剣だが、鍛えられ、飛び散る火花の色が、鈍い銀から徐々に光を強くし、煌めくような銀色へと変わっていった。
一打ち、一打ち、気合いと共に炎槌が振りおろされる度、剣自体の煌めきも増してゆく。
「――この剣はいいのぉ。剣自体も上級の作りじゃが、何か魂が宿っている。剣精といったところじゃろうか? この魂を残したまま、昇華させてみせようぞ――」
ブリジットの周りでは、俺と契約している精霊たちが楽しそうに鍛錬作業を眺めている。
いつからか、飛び散る火花は瞬く星のカケラのように光り、さながら剣から飛び出す小さな流れ星のよう。
精霊たちは、飛び出しては消えていく流れ星を追いかけて遊んでいるようだ。
微睡の中、「これで良い――」とブリジットが呟きくのが聞こえた。
おそらく、一晩中魔法剣を鍛え続けたのだろう。
鍛治の女神は、やり切った表情で剣を掲げる。
「――出来上がったのかい?」
起き上がって声をかけた俺に向かって満面の笑みを見せるブリジット。
その表情は、満足した出来に仕上がったという自信に満ち溢れていた。
「うむ。ワシの神気を有りったけ詰め込んでやったぞ。今までも良い剣であったろうが、これで魔力だけでなく、神気も通しやすくなったはずじゃ。」
神気……。俺、そんなもの使えないけど……。
まぁ、鍛治を司る女神が太鼓判を押してくれているんだ。ありがたく享受させてもらおう。
「――ところでじゃ。なんとこの剣には剣精が宿っておった。こんなこと、滅多にな事なのじゃが、お主、何か心当たりは無いかの?」
剣精? 何それ? 剣の精霊ってこと?
全く理解の追いつかない俺は、フルフルと首を横に振った。
「そうか……。かなり小さな精霊じゃが、お主を守る気概に溢れておる。おそらく、お主と何らかの関係があると思うのじゃが……。」
俺を守る? 精霊には好かれるタチではあるのだが、皆目見当もつかない。
「ふうむ……。お主、何かしら『鍛治の才能』でも持っておるのかの? 『もの作りの才能』それとも『付与の才能』とか……。これだけの精霊と契約できている訳だから、『精霊の加護』持ちじゃろうが……。何か心当たりはないかの?」
心当たりがないかと言われても……。
「俺の才能は、『エンパシー』と『ダブル』、そして『ムービング』の3つです。君の考えるような、それらしい才能とは思えないのだけど……。」
ブリジットは、顎に手を当てながらしばらく考えんでいたが、何かを閃いたのか、また炎槌を振い出した。
「――悪いが、もう一工夫させてもらうぞ! すまんがもう少し休んでいてくれ!」
そう言うとブリジットは鼻歌を歌いながら、再び魔法剣を鍛え始めた。
カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、カーン、カッ………、………、
まだまだ槌音は部屋に響きつづける――
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