槌を振るう②
「鍛錬」―― 何度も何度も素材を折り返して重ね、何度も何度も叩く。それを繰り返す事により、不純物を取り除き、物質を均一化させることを目的とした工程。
「――ワシがこの炎槌に魔力を込めて魔核を叩く。すると、一叩きごとに余計な物が消え去り、純粋な魔核になる。ワシは、砕け散った魔核のカケラを集め、長い間ずっと炎槌で打ち続けていたからの。やっと元の大きさの魔核に近づいた。」
叩いて叩いて、不純物を取り除き、そこにまた魔核のカケラをあてがい、そして叩く。
不純物が無くなれば、その魔核のカケラ同士は一体となり、そこをまた叩き、お互いが完全に一つの魔核になるまで続ける。
カケラとカケラが一つになったら、また新しい魔核のカケラをあてがい、そして叩く。
叩いて、叩いて、叩いて――
ブリジットと名乗る自称鍛治の女神は、ウカの魔力核が粉々に砕かれ、【試練】のダンジョンとしての機能を失い、契約していた使徒がその関係を維持できなくなった後、ただひたすらにこの作業を続けてきた。
半神半精霊とはいえ、ひとりの心を持つ存在である。誰も寄りつかない、ダンジョンの奥に取り残され、しかし、この場所に縛られた存在の為、自らの力でここから出ることも敵わず、その切なく、寂しい気持ちを忘れる為に、ただひたすらに魔核を打ち続けてきたのだ。
ブリジットは、どれだけの年月を魔核を叩いていたか忘れてしまった。最初のうちはカケラの数を数え、槌を振るった数を数え、繋ぎ合わさった魔核の数を数え……。
しかし、そのうちに砕け散った魔核のカケラは全て繋がり、元の魔核に戻ってしまった。
そこからは、ただただひたすらに、元に戻った魔核を叩き、鍛え続けた。
誰も来ない……、未来の見えない、このダンジョンの奥に縛られたまま、長い長い年月を、魔核を叩き続けた。
叩いて、叩いて、叩いて――
半神半精霊。
鍛治の女神。
我が身の存在を示す呼び名は数々あれど、我が身につけてくれた名を呼ぶ者はここにはいない。
いっそ、消えてしまいたいとの思いが何度も何度も頭を過るが、部屋のかまどに括り付けられた契約のせいでそれもできない。
叩いて、叩いて、叩いて――寂しい……
魔核を叩くたび、その中からは不純物が消え去り、ついに不純物が無くなった頃から、今度はひと叩きする事に、ブリジットの魔力を吸い取るようになっていく。
寂しさに耐えかね、ブリジットは魔核の鈍い光に向かって呟いた。
「――このままワシの全てを吸い取って、ワシの全てを消しておくれ……。」
叩いて、叩いて、叩いて――もう嫌だ……
もう、一人でいるのは耐えられないのだ。
ただの精霊だったのなら、こんな感情は生まれなかったのだろう。だってそれは、精霊とは自然の理そのものだから、
しかし、ブリジットは人と契約して、ただの精霊では無くなってしまった。
鍛治の女神――物を作るという人の知恵に触れ、その行為を祝福し、力を貸す存在。
もう、自分一人だけの世界では、満足することなどできない存在へと変わってしまったのだ。
叩いて、叩いて、叩いて――
誰か助けて……
♢
「――お主、このダンジョンを解放しに来たと言うたがの……、このダンジョンはすでに解放されておるぞ。」
自称女神は笑顔のまま、俺に話しかけた。
「よく考えてみよ。ダンジョンを管理していた使徒はもうここにはいない。ダンジョンに力を与えていたウカ様の魔力核は砕かれ、その時にウカ様の祝福も消えた。それ故に、ここは、外から来た魔物たちの楽園となった……、つまり今のこのダンジョンは、【試練】のダンジョンとしての役割から解放されているのじゃよ。」
なるほど、言われてみればそれもわかる。
しかし、師匠たちの言う解放とは、そういうことではあるまい。
「ブリジットさん。確かにあなたの言うように、このダンジョンは解放されているともいえるのでしょう。でも、ドワーフ王たちが言う解放とは違う――」
ドワーフ王という言葉を聞いて、自称女神のニコニコとした満面笑みに少し影が差し込む。
「師匠たちは、このダンジョンに巣食うモンスターを排除し、元ある姿に戻す事なのだと思います。」
ブリジットの喜の装いが、一気に哀の装いへ変わった。
「それは無理じゃよ。魔核はこのとおり、元の姿に戻せたが、それでもここにはウカ様の祝福はない。じゃから、このダンジョンを【試練】のダンジョンに戻すことはできん。」
「 ……たしかに……そのようですね。あなたが言うように、ここを【試練】のダンジョンに戻す事は難しそうです。第一、温泉と一緒に硫化水素が吹き出していて、とてもじゃないが、普通の生き物が入れる所ではない……。」
俺は頭をポリポリとかきながら、自分の考えを整理していると、ブリジットが笑い出した。
「――キャハハ、このダンジョンがそんな風に環境を変えてしまったのは、おそらくワシのせいじゃな。」
俺の驚いた顔をみて、ますます楽しそうに笑うブリジット。何がそんなに楽しいのか。
「もともと、【試練】のダンジョンとして解放されていた頃、ここは温泉なんぞ吹き出してはいなかった。おそらく、ワシが夢中で炎槌を振るっていた事によって、火の属性が強くなってしまったんじゃろ。」
なるほど、鍛治を司る女神――力のある火の精霊であれば、環境を変えてしまうような力も持つのだろう。
「それなら、あなたが魔核を鍛えるのを止めれば、このダンジョンの環境も元にもどるのでしょうか?」
「 ―――。 」
ブリジットは、俺の思いついた案を聞くと顔から表情を無くして目を瞑った。
「――それはそうじゃろうが……。」
ブリジットは、胡座から正座に足を組み替えた。
俺を正面に見据えると、突然、両手をついて地面につくほどに頭を下げた。
そして、今まで見せたどの表情とも違い、まるで親に捨てられた子供のように、両の目から大粒の涙を流しながら懇願したのだ。
「――ワシを、ここから連れ出しておくれ……。」
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