槌を振るう①
♢
女神と名乗る赤髪の少女は、俺からかけられたマントに嬉しそうにくるまりながら、コロコロと笑っている。
「――いやいや、誰も居ないこの場所で、ずっとこの格好だったのでの。キャハハ――」
見た目はかなり幼いが、出るとこはしっかり出ていて目のやり場に困ってしまう。グラマラスな女神はマントを羽織りながらも、その身体の線はハッキリとわかってしまう。
人形の身体とはいえ、心は男。気持ちを落ち着けながら、羽織らせたマントのボタンを閉じてやる。
「うむ、すまんの。ウブなお前さんには、ワシのこのプリティな身体は刺激が強すぎたか。キャハハ――」
なんか親父臭い話し方に、ちょっと引く。
中年人形である俺に親父臭いとか思われてるなんて、ちょっと残念な自称女神だ。
「しかし、毒ガスが充満していて、ヘルハウンドくらいしか寄りつかないこのダンジョンに、おぬしのような者が訪れるとはの。お主、人では無いのか?」
マントからチラチラと見える大きな胸を隠しもせず、その場にどかっと胡座をかいて座る女神。ニカっと笑いながら、俺からの説明をニコニコしながら待っている。
注意深く相手を観察……しようかと思ったのだが、天真爛漫な笑顔を見れば、まったく敵意は感じようがない。
俺は覚悟を決めてここに来た経緯を話すことにした。
「 ……俺はヒロ。もとは人だったのですが、訳あって今、機械人形=ゴーレムです。修行も兼ねて、このダンジョンを解放しに来ました。あなたは、鍛治を司る女神ブリジットと名乗っていましたが、このダンジョンは元々、ドワーフ王ダンキルが管理していたはず。あなたは、ここで何をしておられたのか?」
要点だけを話し、こちらは聞き手に徹する。
悪い女神ではないと確信はあるが、注意しすぎて損することはないのだ。用心する事に越したことはない。
「ワシか? ワシは鍛治の女神ブリジットと申しておるではないか。しかし、お主、ダンキルの事を知っておるとは……、まさか、太陽神の手先ではあるまいの?」
一瞬のうちに、女神の赤い髪が逆立つ。
短いやり取りしかしていないというのに、突然、自称女神は急に目を吊り上げて怒り始めた。
さらに、俺には持ち上げる事の出来なかったあの槌が、見るからに凶悪な大きさに膨らみながら振り上げられる。
マントがはだけて、その凶悪なボリュームの胸も露わになった。
「――いやいやいやっ!? なんでそうなるんですかっ!? 俺はドワーフ王と森の女王の弟子ですっ! 2人にこのダンジョンを解放してこいと言われて来たんですって! 」
自称女神の突然の変貌に驚き、俺がしどろもどろになりながら言い訳していると、周りで様子を伺っていた精霊たちが慌てて俺と女神の間に駆け込んできた。
すると、精霊たちに気付いた自称女神は巨大化して振り上げられた槌を自分の脇に降ろした。
ドスンっ!
槌はその質量の重さがわかる鈍い音を響かせると、みるみるうちに小さくなり、元の大きさになって女神の手に納まった。
「――ダンキルの弟子じゃと!? 彼奴、生きておるのか!? 」
逆立っていた髪が勢いよく頬を打ち、自称女神は吊り上げていた目を丸くしている。俺の言葉にかなり驚いたようだ。
「 ……生きてますよ? 身体は不自由ですが、森の女王アエテルニタスと共に、ダンジョン=インビジブルシーラで暮らしています。」
俺の言葉を聞き、自称女神は槌を手から離すと、今度は両手で顔を覆って泣き始めた、
「 ……なんと……、彼奴、生きておったのか……。まったく、それならばさっさとワシを迎えにくれば良いものを……。ワシ独りをこんな所に残して行きおって……。」
額を床につけ、身体を震わせながら嗚咽を漏らす自称女神。一瞬で移り替わる彼女の喜怒哀楽に驚かされながら、俺はフッと肩の力を抜いた。
「――あなたはドワーフ王をご存知なのですね? 師匠たちからは、あなたのことは何も知らされていないのですが、どういったご関係でしょうか? その様子だと、彼は死んだと思っていたようですが……。」
ようやく落ち着いたのか、自称女神は身体を起こし、静かに話し始めた。彼女も力が抜けたのか、怒気が消え、身体も一回り小さくなったように見える。
「 ……そうか……。彼奴生きておったのじゃな……。狐の仮面の一団に襲われて、このダンジョンが制圧された時、彼奴は必死に抵抗していたのじゃが、魔物たちと戦ううちに姿が見えなくなってしまっての。ワシはその時、彼奴めは死んだとばかり思っておった。そうか、生きていたか……。」
彼女の眼から溢れた涙が頬を濡らす。
力が抜けた彼女は、羽織ったマントに半分顔を埋め、ゆっくりと話し続ける。
「しかし、アエテルニタスと一緒にいるとは、また懐かしい名前が出てきたものじゃ。ダンキルめ。性悪エルフと言っていつも喧嘩ばかりしておったくせに、ワシを置いて女の所に転がりこんでおるとは、彼奴も案外隅におけんの。」
精霊たちも、怒気の抜けた自称女神の姿に安心したのか、それぞれの安息場に戻って顔だけを覗かせている。
「おうおう、驚かせてすまんかったの。そんなに精霊たちに信頼されておる者が悪人な訳はないわな。」
そこまで話すと、目に涙を溜めながらも自称女神はまた満面の笑顔に戻った。
「ワシはな、さっきも言った通り、鍛治を司る女神じゃ。鍛治の達人、ドワーフ王ダンキルと契約し、彼奴の手伝いをしておった。しかし、あの襲撃のあと、彼奴との契約が消え去り、ワシはこの場に取り残されてしまっての。じゃから、すっかり彼奴が死んでしまったものとばかり思っていたのじゃ。キャハハ――」
すっかりと悲壮感が消えて、なんかギャルとオヤジが混ざったような話し方に戻る。
「ワシはこの鍛冶場を祝福する為に力を与えられた半神半精霊の存在。ダンキルとの繋がりがなくなっても、この場所から離れることはできなくての。しょうがないから、何百年もこの場所で砕けた魔核を打ち鍛え続けていたのじゃ。キャハハ――。」
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