鉄を撃つ
地下10階――
ヘルハウンドとの戦闘を重ね、精霊たちが生き生きと自己主張をしている。まだ喋れない精霊たちも、自分の意思を念話を使って話しかけてくる。
未だに念話を聞き取ることは出来ずにいる俺だが、【エンパシー】という才能は、相手との共感力を高めてくれるらしい。なんとなく、精霊たちの感情は感じ取る事ができた。
精霊たちによる【マニュピレイト・シールド】は、彼らが作り出した創造物で敵の攻撃から俺を守ってくれる。
戦闘の回数をこなす度に、攻撃の射線上に盾を滑り込ますタイミングが上手になっていた。もともと精霊たちは感覚が鋭いのだろう。先読みして盾を配置してくれる。
今のところ、土小鬼=ノームの上位精霊ハニヤスが10個の石塊を。波の乙女=ウンディーネのミズハは、以前から水塊を出す事に慣れている為、進化はしていないが、5個の水塊を作り出し、俺を中心に飛び回らせる事ができている。
火蜥蜴=サラマンダーのサクヤは、炎塊を宙に浮かべるのは苦手なようで、伸ばした炎の舌の先端に炎塊を纏わせて前方に配置している。
それぞれ、俺の号令で攻撃に転じることができ、特にハニヤスの操る石塊は、防衛時には石板のような盾の形に、攻撃時には、石砲弾や石粒に形を変えて撃ち放つ。
もっと連携を深めていけば、この状態からでも、複合技である【火山礫】や【水蒸気爆発】なども使えるようになるかもしれない。
ダンジョンの中では、ちょっと使ってはいけない技だけど……。
霜男=ジャックフロストのフユキには、このダンジョンの攻略が終わってから色々と試してもらうつもり。暑さが苦手な彼に、このダンジョンでの活動は酷だからね。
嘆きの妖精=バンシーのヒンナについては、その変身能力を使って、他の精霊たちのフォローに回ってもらうか、それとも攻撃特化してもらうか考え中。
変身した精霊の能力を使う事ができるのだが、その能力的には本物の精霊の5割程の威力になってしまう。今までは、同時に同じ能力を使う事で威力を増加する役割を担ってもらっていたが、【マニュピレイト・シールド】を担ってもらうには、ちょっと威力に不安を覚えてしまうのだ。強度に差がある盾では、やはりうまくないからね。
それでも、選択肢を増やしてくれる存在はありがたい。しっかりと戦略を練って、彼女にはもっと活躍してもうつもりである。
「みんな、ガンガン練習していこうっ!」
ガンガン練習して、ガンガン魔力を吸われていくのは大変だけど、魔力を使い続ける事は俺の訓練の一つでもある。
やるべき時にやらないでいたら、後から後悔する事になる。「明日やろうは、馬鹿野郎。」――思ったら即行動あるのみ。
♢
その音は、地下15階に降りる階段を降りている時に聞こえてきた――
カーン………、カーン………、………、
何か、金属と金属を打ち合わせているような、甲高い槌音。規則正しく打ち鳴らされる金属音は、鳴り止む事なく、階段出口の左手の道の奥から聞こえてくる。
「なん……だ?」
ダンジョンの守護者が追い払われ、ウカの核も奪われたこのダンジョンに、誰かが何かを叩いているような音が響いている。その音はダンジョンの壁に反響し、この階のエリア全体に伝わっていた。
カーン………、カーン………、カンッ!?
俺たちが15階の床に足を下ろす。
すると、それまで規則正しいリズムで撃ち合わされていた追音が、突然リズムを崩した。
「――魔物だろうか?」
俺が疑問を口に出すが、精霊たちは首を傾げるばかりで何も答えない。
カーン………、カーン………、………、
一瞬止んだ槌音がまた響き始める。
何だろう、警戒しなくてはいけないのに、どうにも人工的な工作音に思えて、聞こえてくる音から意識を外す事が出来ない。
ダンジョン地下15階は、一本道に正面に伸びていて、まさにその奥から追音は聞こえてくるのだ。
カーン………、カーン………、………、
槌音は、俺たちが歩を進める度に大きくなる。
俺は魔物との遭遇に備えて、精霊たちに【マニュピレイト・シールド】を展開するように指示した。
すると、土小鬼が呟く。
《 ……ご主人様。たぶん、大丈夫だと思うよ。》
土小鬼の思わぬ反応に、少し驚いたが、彼の助言を信じる事にした。右手で魔法剣の位置を確認して、いつでも抜けるように意識を整理し、警戒だけは解かずに進む。
すると何故か波の乙女が無言で俺の頭を撫でてきた。
何かよしよしされてる子供みたい!?
なんだろう……、精霊たちのこの明らかな無警戒感。
いつでも俺の指示にしっかり応えてくれる精霊たちが、如何にも何もするなと言っているようだ。
カーン………、カーン………、………、
一本道は思ったよりも長い。
俺は徐々に大きくなる追音に、正直なところ怖気が治らない。それなのに、精霊たちは無警戒だ。
( ……どういうことだ……。俺、正直言って怖いんだけど……。)
俺は、古いホラー映画のあの感覚。来る来ると匂わせて、突然ドワって現れるあの恐怖感がとても苦手である。
◯ョーズとか、エイ◯アン、とか、ああいう心臓に悪いタイプ……。いや、今の俺に心臓無いんだけどね。
薄暗いダンジョンの中、ランタンにいる火蜥蜴の灯りの頼りなさ。今までの道のりで、こんなに恐怖を感じる事などなかったのに、この槌音のせいで怖気が走るのだ。
しかし、ランタンの中にいる火蜥蜴も、まるで警戒感無し。お喋りができる嘆きの妖精も、俺の脇をゆっくり歩を合わせて歩いているだけ。
カーン………、カーン………、………、
そういえば、この階は温泉も有毒ガスも吹き出していないな。
ダンジョンの壁も、今までのゴツゴツした岩肌では無く、しっかりと成形された石壁になっている。 しかし、人工的な構造物の方が何故かホラー要素を増した気分になるのは、すでに恐怖に支配された俺の頭がそう感じさせているのだろうか。
( ヒンナが俺に何か精神攻撃でも使ってる!? でも、叫び声をあげたりしてないしな……。)
心の中であらぬ嫌疑をかけられたのがわかったのか、嘆きの妖精が俺を一瞥だけして、スタスタと前を歩き出した。
まるで《 失礼しちゃうッ! 》とでも言ってるかのような態度に見えるのは、俺の気のせいじゃないかもしれない。
嘆きの妖精に対し、心の中だけで謝罪しておく。 先頭を歩き出した嘆きの妖精の後ろに付き従い、ダンジョンの一本道を進んでいくと、突然、通路の奥に広いスペースが現れた。
カーン………、カーン………、カン!
音が鳴り止む。
薄暗い部屋に居たのは、赤い髪を振り乱し槌を振るう少女であった――
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