盾
目の前には激しい戦闘の跡が広がっていた。
致命的な傷を負い、そこら中に血を撒き散らして果てた魔物たち。それらは、ダンジョンの核の魔力によって生み出された魔物ではない事を証明している。その場に屍を晒しているのだ。
当然、魔石を落とすわけでもなく、忘れられたダンジョンよろしく、冒険者が立ち寄る為の条件も果たしていない。ましてやこの熱気と湿気。あまりにも人がダンジョンの探索を続けるには環境が悪すぎる。有毒なガスも発生しているようだし。
「ん〜……。しっかりと防衛手段を考えないとな。いつまでもアリウムの【アンチバリア】に頼るわけにもいかないし。今回みたいに、単独での冒険になった時に、しっかりと対処できるようにしないと……。」
正直、今回みたいに数の多い相手の場合、今までなら【アンチバリア】による絶対防御でゴリ押しできていたのだ。
でも、今の俺にはそんなスキルはない。
(……第一候補は、ミズハのウォーターボールとアクアウォールか。)
今さっきの戦いでは、複数のヘルハウンドを分断させる為に使ったが、ある程度の攻撃なら、あの水壁で吸収する事ができる。
俺のスキル【操作】を使って、例えば自分の周りで衛星のように公転させる事ができたら、俺自身の防御に使えないだろうか。
同じ原理で考えれば、サクヤの炎や、ハニヤスの石塊、フユキの氷礫とかも上手く利用できるかもしれない。
ただ、それぞれに属性力が働くから、得意、不得意ができてしまう。できればそういったものに左右されない盾も欲しい。
やはり、ダンジョンから戻る事ができたら、ヒーターシールドとか、取り回しのしやすそうな盾を探してみよう。
「――みんな、これからの戦闘で、色々と試してみたいから、協力たのむね。」
精霊たちの力を借りて強くなる。
それが、【精霊使い】としての正解に違いない。
♢
「ミズハっ! ウォーターボールを俺の前にっ!」
再びヘルハウンドとの遭遇。
今回は3匹。
俺は波の乙女が作り出した水塊の【操作】を試みる。イメージは、俺の周りを回転しながら、相手の攻撃を防ぐ盾――
ヘルハウンドは、俺との間に突然現れた水球を警戒しているようだ。身構えたまま動かないおかげで、水球を操作することに集中できる。
ヒュンっ!
剣を持たない左手を水球の方向にかざし、【操作】するイメージを強くする。イメージが水球とリンク。翳した手をグルりと回すと、俺の身体を中心に水球が公転始める。
ヒュン、ヒュンっ!
水球は少しずつスピードを上げ始め、俺は翳していた左手を下ろし、右手で構えていた魔法剣に添えた。
水球の【操作】は常にイメージを持ち続けなくてはならない。しかし、剣を振るうのと同時に水球を公転させるイメージを持ち続けるのは非常に難しい。二つの事を同時にやるというのは、想像以上に大変な作業であった。
ヒュン、ヒュン、ヒュン………っ!
水球は、公転するスピードをどんどん上げていく。
両の手で添えた剣の柄の感触を確かめながら、俺は腰を軽く落とす。水球の【操作】を続けながら、こちらを警戒しているヘルハウンドへと身構えた。
「ハニヤス、ヒンナ、ヘルハウンドに向けて石礫をっ! サクヤは前と同じく、牽制をお願いっ!」
俺からの殺気と精霊たちからの直接の攻撃を受け、3匹のヘルハウンドが一斉に動き出した。
奴等は、群れでいる利点を活かし、連携しながらこちらに襲いかかってくる。
群れのリーダーを扇の要にして左右に他の2匹か別れる。これまでの戦闘でもこのパターンは何度か経験してきた。
俺は左右からの同時攻撃をの避ける為、正面のヘルハウンドに向けて左足を踏み出す。頭ではなおも水球の【操作】をイメージし続けながら、身体は魔法剣を振るう為に動き始める。
ボチャっ!
開いた身体を捻り、剣を振り下ろそうと右足で踏み込んだその瞬間だった……。身体が動き出した瞬間、【操作】していた水球はコントロールを失い、ダンジョンの壁に向かって飛んでいってしまう。そして、その勢いのまま、壁に当たって破裂してしまった。
「――うげっ! マジかっ!?」
俺はショックを受けながらも、早々に頭を切り替えて、目の前のヘルハウンドを倒す事に集中を切り替える。
「くっ……、ミズハっ! 左側にアクアウォールを展開っ! 足止めしてっ! ハニヤスとヒンナは弾幕を右側に集中っ! サクヤは俺の一緒に正面に集中でっ!」
水球の【操作】に割いていた集中力をすべて手放し、握った剣を動かす事に集中した。
「――っしっ!!」
足を踏み出すと同時に魔法剣を袈裟懸けに振り下ろす。俺に向かって飛びかかったヘルハウンドは、サクヤが吐き出した炎弾幕に視界を奪われている。おかげで斬り込みを避けられる事なく、肩口から血を撒き散らして俺の後ろに倒れ込んだ。
左を確認――左に展開したヘルハウンドはミズハのアクアウォールに取り込まれている――
右を確認――石礫の弾幕に怯みながらも、体勢を整えてこちらに飛びかかろうとしている――
「ハニヤスっ! 石砲弾でぶち抜けっ!」
俺の号令に反応したハニヤスが、俺から魔力をごっそりと持っていき、大きな石の砲弾を撃ちだす。
石礫の弾幕に怯んでいたヘルハウンドは、急に現れた石の砲弾に反応できず、その頭を吹き飛ばされた。
「――つぎっ!」
俺は、確認後すぐに左側でアクアウォールに取り込まれているヘルハウンドに刺突を繰り出す。身動きが取れないヘルハウンドは、首の付け根を貫かれると、力無くその場に倒れ込んだ。
「――ふぅ……。大失敗だなぁ。」
俺は警戒を解いたと同時に大きなため息をついた。
防御に使おうとしていた水球は、意識を剣に向けた途端、コントロールを失い、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。
この方法、思った以上に難しいかも。
1人の頭で複数の事を考える。
ちょっとやそっとでは出来そうもないな……。
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