中年人形、考える
シューっ!
シュゴーーっ!
シューっ!シュっ!シュっ!シューっ!
ダンジョンの中は、至る所、小さく開いた穴から、蒸気が吹き出している。
吹き出す蒸気はどれもが高温で、触れれば大火傷は間違いなく、中には熱湯そのものが噴き出ている穴もある。
穴の周りは、温泉の成分が固まったのか、軽く盛り上がっており、まるで小さな火山がダンジョン中に張り付いているような様相だ。
「まったく……、魔物だってこんな所、好んで住むとは思えないな……。」
肌に纏わりつくような熱気に、機械人形=ゴーレムの身とはいえ、暑さを我慢し続けていた俺は、そんな人としての感覚が残っている身体を恨めしく思ってしまった。
けしてそういった感覚が無い方が良いとか、そんな事を望んでいるわけではない。
暑ければ暑いと文句を言い、また寒くても寒いと文句を言ってしまうのが、人のサガである。そんな感覚が残っている事こそが、まだ、自分が人であると感じられる部分ではあるのだ。
――俺は、機械人形=ゴーレムに封印された。
機械人形にも『五感』はある。
いや、正確には、それに似た物があると言った方が良いのだろうか。
明るい、暗い、心地よい、煩い、臭い、美味い。不味い、痛い、痒い……。おおよそ人であった時に感じていたように、視・聴・嗅・味・触の五つの感覚を、俺は確かに持っている。
しかし、今、おそらく充満しているはずの硫化水素を吸っても平気などころか、目眩も感じないのだ。いや、呼吸していないのだから、吸ってはいないのか……。でもこの卵の腐った匂いは感じている。
食事だってできる。美味いものを食べたい欲もしっかりとある。しかし、その食べた食事は、どこに行ってしまうのか。排泄することもないのだ。
単純に、活動する為のエネルギーにはなっているのだろう。食べなければ、身体が動かなくなるような感覚はあるのだ。もしかしたら、魔力だって、食事を取らなければ蓄えることも出来ないのかもしれない。
しかし――だ。
もし、食事が身体を動かすエネルギーや、魔法やスキルを使う為の魔力までを生み出すとしたら、絶対的に必要量が足りないと思う。元の世界の知識で言えば、エネルギー保存の法則が成り立っていないのだ。
こういった仕組みについて、森の女王とドワーフ王に訪ねてみたが、首を傾げられただけだった。
そもそも、魔力というものは、自然発生的に生み出されている、らしい……。
もちろん、身体が作り出す魔力もあるのだろうが、空気中なのか、自然に存在するのか、そういった所から吸収しているのだろうと二人は言う。元々、魔力なんていうものの無い世界に居た俺には、皆目見当もつかない。
アリウムの中に目覚めて、この世界で必死に生きていた時は、とくに深く考えた事はなかった。あまりにも自然に、この世界の常識を受け入れて過ごしていた。
しかし、今、こうやって機械人形=ゴーレムとして生きている。ん? 生きているのか? まぁ、そうなってから、色々と考えるるようになった。
少年の身体から機械人形の身体に移り、思考も以前のヒロという中年のおじさん……、いや、大人のそれに戻ったということなのだろう。
アリウムの中に居た時は、どうしてか、少年としての生き方に引っ張られていた気がする。という事は、封印されたヒロという魂の個性が、他からの干渉を受けなくなったという事なのだろうか。
では、魂とはなんなのだろうか――
正直、全くわからない。
記憶を持った何か? なのだろうか。
魂そのものが、その魂を持った者の個性なのだとしたら、その入れ物が何であれ、魂が入っている物がその者自身足り得るのだろうか……。
♢
俺たちは、先日進化したばかりの土小鬼=ノームのハニヤスを先頭にして、蒸気を上手く避けながらダンジョンを奥へと歩いていた。
先程の感想通りに、実はこのダンジョンに入ってから、まだ魔物に遭遇していない。
ドワーフ王の話では、ここが狐憑きに強襲された際には、ゴブリンやコボルト、オークなどの魔物の他に、ヘルハウンドと言う口から火を吐く、大きな黒犬の魔物が混ざっていたという。
これだけの暑さのダンジョンである為、火の属性の魔物でなければ、ここで活動し続けるのは難しいだろう。
「――ハニヤス、何かあったらすぐに教えて。」
《 OK、ご主人様。オラに任せといて〜! 》
上位の精霊に進化果たした土小鬼=ノームのハニヤスは、以前のような引っ込み思案の恥ずかしがり屋の姿からは想像出来ないほどに、堂々としている。
俺と、言葉を交わせる事が出来るようになったことも大きい。前は感覚でしかハニヤスの感情を読み取るしか出来なかったが、今はしっかりとコミュニケーションが取れるのだ。一緒に活動していく為には、これ以上ない有難さである。
そんなハニヤスを見て、他の精霊たちがジェラシーを感じているらしい。俺もみんなと会話したい気持ちは強いけど、一人だけ進化できたハニヤスに、相当な対抗心を抱いているみたい。
特に、俺と一番最初に契約を交わした火蜥蜴のサクヤなんて、自分よりも早くハニヤスが進化したものだから、かなり対抗心を燃やしているようだ。
ダンジョンに入ってからずっと俺の肩の上に立ってキョロキョロと魔物を探している。
まぁ、このダンジョンを紹介されたのは、彼女の進化を促すためでもあるから、ヤル気があるのは良いことだ。しっかりと、成長してくれるように、俺も頑張らなければ。
《ご主人様っ! 前から魔物が走って来ますっ! 注意してくださいっ!》
さて、ここからが本番。精霊たちのヤル気が一気に膨れ上がったのがわかる。さぁ、やってやろうか!
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