思惑
ダンジョン=インビジブルシーラにある使徒の部屋。
趣味の悪い装飾に囲まれたその部屋の大テーブルに、森の女王はすでに中身の冷めた紅茶のカップをそっと置いた。
「――ダンキル、良かったの? あの子たちと一緒にいかないで。どうなっているのか、気になっているんでしょう? 」
車椅子を不自由なその身体で上手く操りながら、ドワーフ王は森の女王に背中を向ける。
「こんな身体じゃ、あ奴らの負担にしかならんからな。な〜に、無理について行かずとも、あ奴らが狐憑きの連れてきた魔物たちを殲滅してくれれば、簡単にいけるようになるじゃろ。」
「……魔物を殲滅って……、流石にあの子たちだけで、あのダンジョンを解放できるわけがないでしょ。あくまでも特訓よ。特訓の為にあの子たちを行かせたのだから。」
「わからんぞ? あの老け顔の坊主は精霊たちも、仲間たちも、上手く使いよるからの。ましてや、あの魔力総量じゃ、意外とあの管理者の居ないダンジョンを解放できるかもしれん。」
「そりゃあ、管理者の居るダンジョンと違って、魔物の数に上限があるわけだし、やってやれない事はないだろうけど……。かなりの数の魔物が支配しているはずだから、引き際を間違えれば帰って来れなくなってしまうかも……。」
「くくくっ、なんじゃ、研究しか興味のない性悪女かと思っていたが、案外、できたばかりの弟子の心配なんかもするんじゃの。」
「何よっ! あんたほどの実力者が守りきれなかったのよ!? そりゃあ、心配もするわよっ!」
「ワシが守りきれなかったのは、一人では数の暴力に抗いきれなかったというのが正解じゃよ。あ奴ら程の魔力も無かったしの。しかし、あ奴らは上手いことチームで機能しておる。ワシとは全然違う。」
「あら、あのプライドが高くて、鋼より固い頭の穴蔵爺から出た言葉とは思えないわね。」
「そりゃぁの、狐憑きに計られ、ダンジョンとウカ様の核を奪われてから、だいぶ長い年月が過ぎたからの。固い頭だって柔らかくもなるじゃろ。」
「――ヒルコの活動も活発になってきてるものね。のんびりもしていられないのも確かだし、それも考慮してのスパルタ特訓な訳だしね。」
森の女王は、一度置いたカップをもう一度持ち上げ、冷め切った紅茶を口に含み、冷えたせいで苦味の増したその味に、顔を顰めた。
「それでも、心配はするでしょうよ。私たちの願いを無理矢理背負わせてしまったわけだし。なんとか、無事に成長して帰ってきてくれれば良いのだけど……。」
「そうじゃの。まさに千年に一度のチャンスじゃろうからの。」
「そうよ。機械人形=ゴーレムに魂を封印することができた。これで魂を封印できることが証明できたんだもの。狐憑きの横暴に対抗できる千載一遇のチャンスなの。こんなチャンス、次がいつ来るかわからない。なんとか、この大きなチャンスを活かして、ウカ様も、ヒルコのお馬鹿も、長い苦しみの月日から救ってあげたいものだわ……。」
冷えた紅茶のカップを両手で包み、少しの時間無言になる。しかし、すぐに森の女王は顔をあげて笑い始めた。
「それにしたって、老け顔の坊主だなんて、あんたも酷い事言うわね。あんたみたいな皺がれじじいに言われたかないと思うわよ。だいたい、あの子、そこまで老けた顔なんかしてないし。」
腹を抱えて笑い始めた森の女王に対して、ドワーフ王は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふんっ、何を言うか。ワシよりもずっと長生きしとる性悪ババァに言われたくないわい。まぁ、あ奴も、ワシらと同じ、長命種になったようなもんじゃ。これから感じる時の流れの苦しみに、そのうち悩むじゃろうて……。」
「そうね……。ただ、そのあたりの事については、狐憑きとの争いを上手く納めてからよ。まずは、ヒルコを封印する為に、しっかりと力をつけてもらわないと。」
「そうじゃの。しかし、狐憑きの動きも活発になってきておると、ギルも知らせてきておる。あまり、悠長な事も言っておれまいの。」
「だから、その為のスパルタ特訓でしょ! まぁ、あんたの管理していたダンジョンは、火の属性が強いから、きっとサクヤにいい影響があるわ。私たちは、その後の事を考えておかなくてわね。」
「フェンリルとブラドも上手く弟子たちを育ててくれてればよいが。そういえば、ゴズの所には誰も送っていないのか?」
「ゴズのところへも、本当はニールを送りたいんだけど、彼は今、ヒロ君の魔力で育っているでしょ? 古竜の魔力以外で育つ古竜なんて前代未聞。もしかしたら、変わった成長をするかもしれないじゃない? だから、ある程度あの子たちが成長してからゴズの所にいかせようと思っているわ。」
「ふむ。それだけの時間の余裕があればよいが……。」
車椅子の背もたれにぐっと身体を預け、ドワーフ王は部屋の天井を見上げた。
「使徒を攻撃する狐憑きが増えているという事は、ヒルコの中に次々とそういった思いが生まれてしまっているという事じゃろうからな。切り離しても切り離しても、キリがないくらいに……。」
豊穣神ウカと共に、希望を失い滅びへと進んでいた数多の種族を救う為に奔走していた仲間たちとの日々。そんな遠い昔の記憶にある、充実した時間を思い出し、そして、今に至る長い屈辱の時間をおもいながら、二人は冷たい紅茶を飲み干した――
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