中年人形、手応えを得る
グギャーーーーッ!!
光の壁で仕切られたダンジョンの空間に、女王蟻の絶叫が響き渡った。それはまさに断末魔。無限とも思える大量の軍隊蟻を産み出す、群れの核とも言うべき女王蟻が死んでしまえば、軍隊蟻による今までのような勢力拡大は出来なくなるはずだ。
このダンジョンの管理者、森の女王アエテルニタスからは、最近の勢力バランスの調整も兼ねて、軍隊蟻の大群を退治するように言われたのだが、これでしばらくはダンジョン内も安定し、軍隊蟻も大人しくなるだろう。
女王蟻を失った軍隊蟻ではあるが、いずれ群れの中から新しい女王が誕生し、再び群れを統率するのだという。つまり、完全に軍隊蟻の群れを殺し尽くさない限りは、再び群れは大きくなっていくのだ。
ただ、アエテルニタスはこれでイイのだという。
魔物を上手く間引き、過剰にならないように管理していけば、ダンジョンの健全性は保たれる。どれか一つの魔物の群れだけが大きな存在になってしまえば、ダンジョンに居場所が無くなった魔物が外の世界に溢れ出してしまうかもしれないから。
「本当はもっと冒険者たちに来てもらいたいのだが、どうもこの森の魔物は虫の系統が多いせいか、全く人気がでないのよ。」
ハハハ、と乾いた笑いを聴きながら、ヒロは自分たちが、彼女が森と呼ぶダンジョンの管理にうまく使われていることに苦笑いを浮かべている。
本来なら、ダンジョン内の魔物を狩る冒険者たちによって、このような魔物の過剰な偏りは正されていくはずなのだが、いかんせん大群を相手に戦うという行為は、少数で行動する冒険者たちにはリスクが高すぎるのだ。
故に、このダンジョン=インビジブルシーラは冒険者たちに人気がなく、いつも閑古鳥が鳴いているのである。
ただ、自分たちの魔力やスキルを上げる為には、アエテルニタスの指示通りに魔物を攻略するという事は、かなり危険でスパルタ気味ではあるが、効果的面である事も認める他にない。
以前に魔術師大学のシリウムに教わった通り、魔力を極限まで使い切れば、魔力総量の底上げにつながる。この説に関しては、森の女王とドワーフ王からも正しい説だとお墨付きを貰っている。
だからこその軍隊蟻の大群との持久戦であり、以前のクイーンビーの大群との戦いなのだ。とにかく、使えるだけ魔力を使って、自力を上げる。これこそが、魔力障壁を常に維持しなくてはならないアリウムや、精霊や古竜に魔力を与え続けなくてはならないヒロ自身にとっての第一目標なのだ。
♢
「それにしても、ソーンさんの『ホーリー・レイ』の威力は物凄いですね! あの固い軍隊蟻の女王の外皮を簡単に貫くんですもんね。」
紫色の体液を溢れさせて息絶えている女王蟻の腹に空いた穴を覗きながら、俺はソーンに話かけた。
「ん〜……、魔力的にまだ7発が限度なんだけどね。それでも、こんな上位の実力を持つ魔物に対抗できる手段を手に入れられたのは、かなり自身になってるわ。」
「まぁ、ソーンさんには、みんなの回復役としての重要な役割を担って貰っているから、魔力を使い果たしてもらうのはうまくないんだけど、それでも遠距離からでも攻撃する手段があると、戦略も広がりますからね。」
「もちろん、そこは考えてるわ。でも、師匠たちからの訓練は、私の魔力量を引き上げることも含まれているんだから、多少の無理は許してほしいわ。」
「それは勿論ですよ。ソーンさんが僕らのチームの要ですからね。頑張ってもらいます。」
ハハハ、と2人で笑いあっていると、5人の精霊たちが自分たちもちゃんと褒めろとばかりに俺たちの周りで騒ぎだした。
まだ会話をできるまでには至っていないが、気心が知れたというか、彼等の感情を読み取る事ができるようになっている。森の女王曰く、「精霊使いならば、念話で精霊と会話できるようになるはず。」なのだという。
未だに念話を使いこなせない俺に、しっかりと精霊たちと意思疎通できるようにコミュニケーションを取るように言われているのだが、だいたいにしてこの世界の常識を覚えるのも大変だったのだ。それを精霊との理まで理解しろと言われても一朝一夕でできるわけもない。
しかし、いつかは精霊たちとの念話も使えるようになってみせるさ。それこそ、才能やスキルといったこの世界の理の中に生きているのだから。
「……ヒロさん……、僕はいつまでこの『アンチバリア』を貼り続けなくちゃならないんですか!? いい加減、僕の魔力も渇枯しそうなんですが……。」
ソーンや精霊たちとのやり取りに夢中になって、障壁で巣穴を塞いでいるアリウムの存在を忘れていた。でもまぁ、魔力は使い果たしてなんぼ。彼にももっと成長してもらわなくてはならないからね。
「悪い、悪い。アリウムの事忘れていたよ。でも、限界まで魔力を使うことが目的なんだから、もう少し頑張れっ!」
「そんなぁ……、もう頭痛が痛いです!? なんとかしてください!」
「アリウム君、それを言うなら頭が痛いでしょ。間違った言葉の使い方は感心しないわよ。」
「ソーンさん!? そこ、つっこむところですか!? 」
こうやってやり取りを見ていると、あんなに人を嫌い、怖がっていたアリウムも随分と打ち解けたものだ。とんでもなく他人から虐められていた事による心の傷は、そう簡単に癒えるものではないだろう。実際、俺だって……。
でも、『――あなた自信は人に悪意をむけないで。優しいあなたが私は一番好きよ――』
心に残っている、この言葉。
俺だって、しっかりと前を向いて進み続けてみせる。
「さぁ、みんな。アリウムもそろそろ限界みたいだし、もう一回、蟻たちを退けるぞっ! 『経験は想像に優る』だっ! やってやろうっ! 」
障壁が消える前に、再び隊列を組み直す。
大群相手に油断はできないが、今のメンバーで負ける気はしない。
俺たちは、3度目の突貫作業に取り掛かった――
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