中年人形、進む
ギチギチギチギチ――
軍隊蟻の複眼は、次々と仲間を屠っていく冒険者たちを睨み、憎悪に満ち、その鋭い顎を噛み鳴らしながら、隊列を崩さずに光の壁へと殺到していく。
本来であれば、彼等の圧倒的な数をもってすれば、目の前にいるような少数の冒険者などあっという間に蹂躙できるはずなのだ。隙間なく繰り広げられる蟻の大群。
これに少数で抗い、あまつさえ退け続ける者たちなど、今までに存在したことは無いのだ。そう、軍隊蟻の大群に手を出した者たちは、全て塵芥と化してきたのだから。
しかし、目の前の光の壁が邪魔をして、自分たちの攻撃は全く通用していないのだ。
鋭い顎で噛み付こうが傷一つ付かず、必殺の蟻酸を吐きかけても全く変化がない。見かけ以上に力持ちのその身体で体当たりを喰らわしたとしても、押し込むどころか、全てを跳ね返された。
さらに頭に来る事に、光の壁に開けられた穴からは、何故か人間に従っている精霊や竜が、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
穿たれ、燃やされ、凍らされ、溺れさせられ……、挙句の果てには光が通り過ぎたと思えば、一瞬で身体を突き抜け、蟻たちの体液を吹き出させた。
傷つき、絶命した仲間の身体を後方へと運び、後方に控えていた軍隊蟻たちが、溜め込んだ怒りに任せて光の壁に押し寄せれば、今度は光の壁が鋭い棘の壁へと変化する。引くことを知らない蟻たちが絶え間なく押し寄せる為、棘に串刺しにされたとしても逃げようがない。そして、かなりの数の仲間たちが殺し尽くされると、巣穴全体に光の壁を張り巡らして閉じ込められてしまう。
こんなやり取りを何度も繰り返す。本来なら、相手の体力や魔力を使い果たし、数の暴力に根負けするはずなのだが……。彼等は、苦しい顔をしながらも、耐え凌いでいた。
ギチギチギチギチギチギチっ!!
何ということか――。
軍隊蟻たちは驚いた。
蟻の群れの要である女王蟻が、その巨大な腹を引き摺りながら、巣の最奥から這い出してきたのだ。
内在する魔力は、兵隊蟻を何万匹と生み出したとしても減ることはない。その内在する魔力をその鋭い顎に集中させて、渾身の一撃を光の壁へと叩きつけたのだ。
♢
キーーーーーーンっ!!!
壁と牙がぶつかり合う凄まじい音が巣穴に響きわたる。
しかし、白髪の少年が作り出した『アンチの壁』はびくともしなかった。ヒビどころか、傷一つつかない。他を拒絶するその障壁は、強大な力を持つ軍隊蟻の女王の顎を持ってしても、壊すことは出来なかった。
「――さすがアリウムっ! 君の才能ならどんな攻撃も通さないっ!」
「――ヒロさんっ! 呑気なこと言ってないで、早く女王をなんとかしてくださいよっ! また魔力不足で頭痛がしてきましたよっ!」
「そりゃまずいな。女王蟻相手にアンチバリア無しで戦うなんて自殺行為だ。みんな、一気に女王蟻を倒し切るぞっ!」
先程まで光の壁の維持に集中していた中年人形に代わり、光の壁は再び白髪の少年の管理に戻されると、自由に動けるようになった中年人形から続け様に号令が飛ぶ。
「ニールとサクヤっ!女王の頭に向かって攻撃してっ! フユキとヒンナは女王の周りの軍隊蟻に牽制っ!」
矢継ぎ早に指示を出しながら、中年人形自らは光の壁のすぐ後ろで魔法剣を構える。
「ニールのブレスとサクヤの炎が女王の頭に炸裂したらアリウムはアンチバリアを解いてっ! ソーンさんっ!ハニヤスっ!ミズハっ!3人は僕の後ろにっ!」
全長5mはあるだろうか。他の蟻たちとは違い、異常に発達した腹を引き摺りながらも、その分厚い外殻の防御力を頼りに、女王蟻は突進してくる。
光の壁を解除した事により、前衛に出た4人は無防備に蟻の大群に身体を晒してしまう。
その瞬間、蟻たちが一斉に蟻酸を吐き出した――
ブッシャーーーーっ!
強力な酸性の蟻酸は、ほんのちょっと掠っただけでも皮膚に穴が空いてしまう。まるで酸が雨のように降りかかろうとしたその時、中年人形の右側に躍り出た波の乙女が、上空に水の膜を作り出した。
「ナイスだミズハっ! ちゃんとアルカリ性に調整できてるっ!ありがとうっ!」
半透明な姿の少女は、主人からの感謝の言葉に和かな笑顔で答える。彼女ら精霊にとって、主人からの感謝は、これ以上ないほどの幸福感を与えてくれるのだ。
「ハニヤスっ! 特大の石砲弾をあのでかい腹に打ち込んでっ! やれっ!」
いつもの数重視の石砲弾ではなく、大きさと威力重視の石の砲弾を作り出すと、古竜と火蜥蜴の攻撃を嫌がり顔を背けた女王蟻の腹目掛けて打ち出した。その砲弾は、比較的柔らかい腹に直撃し、その空いた穴から紫色の体液が吹き出した。
「ソーンさんっ! ホーリーレイで腹を追撃お願いしますっ! 大穴開けちゃってくださいっ!」
「はいっ! 我ら、敵を祓い、豊穣を護るものなりっ! 太陽神よ、闇を切り裂き、闇を穿つ力をっ! 『ホーリーレイっっ!!』」
強烈な光の束が石の砲弾が突き刺さり身動きの取れない女王蟻の腹をさらに打ち抜く。
「ギーーーーーっ!!!!」
複眼を真っ赤に染めて、つんざくような悲鳴をあげる女王蟻。必死の状態に陥りながらも、まだ戦意を失ってはいなかった。
周りの軍隊蟻は、氷の礫に阻まれ思うように女王蟻の援護ができないでいる。そこに中年人形から女王蟻を孤立させる為に、白髪の少年に再び光の壁を作るように指示した。
支持されたのは、女王蟻の背後。怒り狂って最前線に出てきた女王を群れから切り離す。
「アリウム、よくやったっ! ミズハっ! 最後、この間出来上がったスキルを使うぞっ!」
腹を貫かれ、炎に焼かれた頭からは煙を燻らせている。周りを固めていた軍隊蟻は氷の礫に撃ち抜かれて既に絶命し、後方は光の壁に塞がれ、援軍を引き入れることは出来なくなった。
「いくぞ、ミズハっ! ウォーターカッターっ!」
波の乙女と手を繋ぎ、左手に構えた魔法剣を女王蟻に向けると、その剣先が軍隊蟻の胴体の細い接合部へと向けて一直線に伸びた。
剣が伸びたわけではない。
それは、「水の刃」。
高速で噴射した水が、まるで剣が伸びたと錯覚させるように魔法剣の先から吹き出し、女王蟻の身体を切り離したのだ。
あれほどの硬い外皮をいとも簡単に切り裂き、この穴の主である女王蟻の上半身と下半身を断ち切った。
強い生命力を持つ女王蟻とはいえ、生物の体を為す存在がこの状態で生き残ることなど無理な話だということは、体液をぶちまけながらずり落ちた上半身を見れば明らかであった――
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