希望のカケラ
「――えっ!?」
森の女王が発した言葉に、その場の誰しもが頭に疑問符を浮かべた。言っていることの意味が解らない。
「だから、君たちの友達は、そ・こ・にいるんだよ。」
皆んなの前に突然姿を顕した精霊たち。
そして、精霊たちが囲むようにしてアピールしているのは、俺の精霊箱。
契約している精霊は、吸血鬼王の元に残してきた嘆きの妖精=バンシーのヒンナを除いた全員がそこに揃っていた。
火蜥蜴=サラマンダーのサクヤは、その火の舌を盛んに精霊箱へと伸ばし、土小鬼=ノームのハニヤスは、小さなとんがり帽子を精霊箱の後ろから覗かせたまま動かず、水の乙女=ウンディーネのミズハは、優しい手つきで精霊箱を撫でている。霜男=ジャックフロストのフユキは、雪だるまの頭を左右に揺らして皆んなの様子を伺っているようだ。
「……解らないかな〜……、彼らが教えてくれているだろう? 君が話している妖精族の子は、その精霊箱の中で休んでいるんだよ。」
「「 ―――!? 」」
森の女王からの唐突な話しに、その場にいた一堂の頭の中の疑問符の数が増えていく。俄かに信じ難い情報を誰もが整理できない。
「まぁね、休んでいると言うと語弊があるかな。おそらく彼女は、自身の中に蓄えられていた魔力を使い果たしてしまって、妖精としての姿を維持できなくなったのだろうね。」
腕を組み、得意気に話し始めた森の女王を見て、ドワーフ王は呆れたようにため息をつく。
「さっさと教えてやらんか、この性悪女が! みんな理解ができずに固まってしまったではないか!」
隣で小言を言われても動じない森の女王は、徐に立ち上がり、手を後ろ手に組みながらゆっくりと部屋の中を歩き始めた。
「妖精という存在はね、さっきダンキルが話したように、精霊の中でも力のある存在が進化すると言われているの――」
妖精族、と呼ばれてはいるが、彼女たちは複数で行動することはまずない。それは、精霊が進化した姿だから。
魔力を蓄え、力をつけた精霊はやがて自我を持ち、自ら立ち回れるように進化する。そんな存在こそが妖精――
「だからね、その身に蓄えられていた魔力を使い果たしてしまった彼女は、その元の姿である風の少女=シルフに戻ってしまったのよね。退化と言ったら良いのかしら? でも、なかなかお目にかかれない現象なのよ! ほんと、ぜひ、研究してみたいわっ!」
好奇心の塊のように目をキラキラとさせている目の前の女性は、ほとんど研究熱心な学者のそれになってしまっている。
「私も長い年月を過ごしてきているが、精霊が妖精に進化する所も、退化するところも、見たことなどないからね。ほんと、とても興味深いよ!」
精霊が進化した姿が妖精!?
想像した事もなかったが、ベルの前身が風の精霊=シルフと呼ばれる精霊だというのなら、他の精霊たちと意思を交わし、仲良くなれたことも納得できる。
なんと言っても、精霊箱に寄り添う3人の精霊たちを紹介してくれたのは、ベルなのだから。
――ベルさんが、あの優しい妖精が生きている!?
森の女王の長い口上を聴きながら、ヒロの頭の中ではは大きな喜びの感情が膨れ上がっていた。
自分を助け支え続けてくれたあの妖精が。
消えてしまった、死んでしまったと思っていた彼女が。
今でも目の前の精霊箱の中で生きている!?
「あぁ、ただね……。期待させおいてすまないが、今の彼女は君たちの知っている彼女では無いよ? 妖精でも無い。 」
「 …………!? 」
妖精では無い?
どう言う事だ?
またしても一同の疑問符が大きくなる。
そこにいると言いながら、自分たちの知る妖精では無い?
皆んなからの疑問に満ちた視線を浴びながら、またしても歩きながら話し始める森の女王。
「だから言ってるだろう? 彼女は退化したのだと。力を使い果たして、妖精から風の少女=シルフに戻ってしまったのよ。 つまり、その子は精霊になったの。」
上手く感情を表現できる言葉が見つからず、皆んな、ただただ視線を森の女王に向けるだけ。そんなやりれない雰囲気の中、ドワーフ王は目を瞑って小さく呟く。
「まったく、難儀なもんじゃ……。」
♢
俺はまるでジェットコースターに無理やり乗せられて、彼方此方の方向に心を揺さぶられているように感じていた。
ベルは、あの優しい妖精は、死んだわけでは無かった。消え去ってしまったわけではなかったのだ。
しかし、森の女王は、そこにいる彼女は俺の知る妖精ではなくなっていると言う。
妖精では無く、精霊――風の少女=シルフであると言うのだ。
妖精族としての姿を維持できなくなってしまった彼女は、この世界に生まれた時の存在、精霊に戻ってしまったのだと……。
消えてしまったと思っていた彼女が、消えてはいなかったという事実はとても嬉しい。
しかし、俺の知っているあの姦しくも優しいベルという妖精ではなくなってしまっているという現実は、とんでもなく俺の心を締め付けた。
そこに居るけど、今までのようには過ごせない……。
そんな悲しみが、心を覆っていく。
また、気持ちが深い深い心の奥底へと落ちていく――
その時、ギュッと俺の両手と肩が強く握り絞められた。
俯いてしまっていた顔を上げると、仲間たちが悲しい顔をしながら見つめていた。俺を心配そうに囲みながら、手を握って離さないでいてくれている。
「……ごめん、みんな。大丈夫。同じことは繰り返さないから。」
息を深く吐き出し、いつの間にか大きくなっていた鼓動を沈める。そして、再び森の女王の話に心を向けた。
さっきまで勢いよく話していた森の女王は、俺の暗く落ち込む様子に、話すのを中断してくれていたようだ。
その表情は出会った時の能面のような冷たさを帯びている。
しかし、俺が前を向いた事を確認すると、穏やかな笑顔に戻り、中断していた説明を再会した。
「だからね、今までのように彼女と付き合うことはできないだろうね。ただ――」
存在が消えていない、それだけで良いと思い直した俺に、森の女王は自分の考えを紡いでいく。
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