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いじめられっ子、世にはばかる 〜英雄に憧れて〜  作者: 十三夜
第6章 豊穣神と使徒たち
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語った後で……④


 俺は一度目を瞑り、深く息を吐いく。

 心が落ちついたと思えた所で改めて口を開いた。


「……俺、一度死んだんだ。こことはちょっと違う世界で。交通事故……、この世界では馬車が壁にぶつかったようなものかな。そんな交通事故で、多分死んだはずだったんだ。」


 左右の手を握られる力が強まるのを感じながら、俺は話の続きを語り続ける。


「もともとは、ナナシ……、今のアリウムな。彼が普通に主人格として生活していたんだよ。その時は、俺という人格は居なかったんだよ。ただ、ある時をきっかけに、俺、つまりヒロとしての記憶が蘇ったんだ。」


 目の前でそっぽを向いていた森の女王も、いつの間にか俺に向き直り、真剣な面持ちで話の続きを待っている。



「ある日、荷物持ちのポーターとして冒険者に雇われ、ダンジョン=リンカーアームに同行したんだ。同行パーティーが倒した魔物が落とした魔石を拾いながら、ダンジョンの裂け目と呼ばれる崖まで行ったとき、俺は酷い裏切りにあって、そこから突き落とされたんだ……。」


 思い出せば、今でも腹が立つ。

 あの頃の世間からの酷い扱いは、誰だって、とてもじゃないが精神が壊されてしまうだろう。


 この話について、そこまで詳しくは聴いていなかったナギとナミは、思わず手で口を覆い、悲鳴をあげそうになるのを堪えた。

 冒険者たちが少年に行った行為は、どう考えても殺人行為。許されるものではないのは明らかだ。



「……その時ナナシは、第一の才能【アンチ】の障壁によって直撃を受けず、命は助かったんだ。だけど、とんでもない高さから突き落とされた衝撃のせいで、即死は免れただけで、全身打撲の状態になり、しかも、その場ですっかり気を失ってしまったんだ。」


 アメワがゴクリと喉を鳴らす。

 息を飲むとはこういう事をいうのだろうか。



「ダンジョンの中で気を失う……。魔物が闊歩する場所で意識が無ければ、当たり前に魔物に襲われて命を落とすはず。しかし、ここでも無意識に発動していた【アンチ】の障壁が、魔物の鋭い牙や爪からナナシの身体を守り抜いてくれたんだ。」


 前世では、交通事故で一度。

 ダンジョンの裂け目に突き落とされて、2度目。

 魔物に襲われて、3度目。

 考えてみれば、この時点で既に3度は死んでいたはずなのだ。

 

 それが、ナナシに与えられた才能のおかげで、救われるという、不思議な運命。考えてみれば、単純にもの凄い事だったなと思う。



「気を失っていたその時、夢を見たんだ。俺の前世での経験。その夢をみて、目が覚めた時、ああ、自分はヒロという人間だったんだって、何故か理解できたんだ――」



          ♢



 この時の経緯をある程度知っているソーンとライトは、その後に語られるであろう、自分たちとヒロとの苦い物語を思い、表情が暗くなる。


 ソーンがヒロの手を握る力がふと緩む。

 自分が彼に行ってしまった仕打ちを思い出せば、何度反省しても、罪の意識で自分を罰したくなるのだ……。

 しかし、その緩んだ手をヒロは握り返した。

 いつの間にか、俯いて下を見つめていたソーンは、優しく握り返された手の感触を頼りに、隣で辛い話を語り続ける今は大人の顔をした見慣れない男を見つめる。



――あぁ、何度この人に救いあげられるのだろうか。自分の恥ずかしい行為を許し、そして助けてくれる。私にとって、彼は……。


 ふと、彼の後ろに立つライトの様子を伺えば、自分と同じように苦しげな表情を浮かべている。

 

 ライトはソーンの視線に気づくと、苦笑いを浮かべながら、片方だけ添えていた手を、ヒロの両方の肩に手を置き直してから話し始めた。


「その後、僕たちチーム【アイリス】に出会ったんだよね。」


 握り返された手に勇気を貰いながらも、ソーンはやはり不安で無口になる――もしかしたら、まだ彼は自分たちを恨んでいるかもしれない――



「正直言って、あの時は、あまりにもヒロ君が怪しすぎて信用していなかったんだ。だって、無防備な少年が、魔物が彷徨くダンジョンの中、階段の入り口に座り込んでいたんだからね。そりゃあ警戒もするさ。」


 ライトが初めて出会った時の印象を簡単に語る。

 そして、仲間に知られたくなかった自分の恥ずべき行為までが語っていく。



「しかも、ヒロ君、いや、あの時はナナシ君だったね。君が町中から化け物とか魔物の子と呼ばれて嫌われている事をソーンが知っていたんだ。ナミもナギも気づいていると思うけど、未だにリンカータウンに行くと、ヒロ君に対する風当たりが強いだろう? 実は僕たちも、元々はヒロ君に対して良い印象を持っていなかったんだよ……。」


 ライトから語られたヒロに対する酷い扱いに、いつもヒロに悪意から護られていたナミとナギは、その光景を想像し、口に手を当てたまま目に涙を浮かべる。


 そして、魔物の子というキーワードを聞いて、ハルクも握りしめた拳に力が入った。彼も、心無い言葉を投げかけた一人であったから。



「……僕らはヒロ君を助けてダンジョンの入り口まで送り届けたが、それ以上の手助けはしなかった。そして、僕らの当時のリーダー、ケインが後日、ヒロ君をパーティーに迎え入れたいと提案してきた時、僕らは街の嫌われ者である事を理由に、ヒロ君を拒絶したんだ……。」


 ライトは苦しげに自分たちの浅はかな行いを恥じた。あの時の自分たちの心の狭さ、貧しさを恥じた。

 しかし、今、自分たちは変わったのだ。

 彼のおかげで変われたのだ。

 だからこそ、彼が自分の事を語ってくれるこの時に、しっかりと過ちを認めて、彼に許しを乞うべきなのだ。



「――ヒロ君、あの時はすまなかった。苦しんでいた君を突き放し、信頼していたであろうケインからも距離を置かせてしまった。あんな酷い言葉で君を傷つけてしまった。本当に……、本当に申し訳なかった……。」


 ライトは深く、深く頭を下げた。

 ソーンは一気に溢れだした涙もそのままに、握ったヒロの手を自分の胸の前へと引き寄せる。そして、無言のままその手を両手で包み込んだ。



 突然の二人からの謝罪に、ヒロは笑顔で応じる。


「二人とも、気にしないで。俺は恨んだりしてないよ。まぁ、あの時は自分の不幸を嘆いたのは確かだけど……。今、こうして俺を助け、支えてくれている二人には、感謝しかないよ――でも、ありがとう。なんか、不思議と気持ちが軽くなったよ。気にしてなかったつもりが、実は俺の中にも重しとして残っていたのかもしれないな。」



――気持ちが軽くなったのは、わたし( 僕 )の方だよ。



 男の笑顔を見て、二人は泣きながら笑った――

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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