狐の葛藤②
長い間、自分の戦いを支え続けた愛用の長剣を手に、鬼神王は、頭が沸騰しそうになりながらも、なんとか冷静を保っていた。
先ほど特大の火の魔法をその全身に喰らい、大の字に倒れているドワーフ王は身動き一つ取らない。頑丈な身体が自慢のドワーフとはいえ、あの規模の火の魔法を喰らってしまえば、とても無事ではいられないはずだ。
普段、お互いに悪口を言い合ってばかりいたというのに、いざ、森の女王が危険だとわかった途端、その身を挺して彼女を守ってしまうあたり、ドワーフ王の心根の優しさがわかる。
( ……ったく、ダンキルの奴、格好つけおって。)
心の中で静かにドワーフ王へ悪態をつきながら、鬼神王は混乱する森の女王と、大の字に倒れ込んだドワーフ王の二人の前で仁王立ちになった。
次、この愛すべき仲間二人を守るのは自分なのだと。
「――アエテルニタスっ! しっかりしろっ!」
長剣を肩に担ぎ、鬼神王が叫ぶ、
森の女王に向かって仮面を投げつけた狐面の巫女は、じっと彼女に正体したまま動かない。
しかし、その後ろに並びながら、鼻息荒く待機している魔物達の姿を見れば、とてもじゃないが、全く気を抜く事などできない。
動揺している森の女王は、手も足も震えている。
倒れたドワーフ王は、大の字に転がったままだ。
考えるより、先に身体が動くタイプの鬼神王である。何故か狐面同士で争いあった様子を見ても、正直言って、今、何が起こっているのか考えつかなかった。
「おいっ! アエテルニタスっ! どういう事なんだ、これはっ! ワシにはサッパリ意味がわからんぞっ! 」
血塗れの赤鬼は、右肩に担いだ長剣をいつでも振り回せるように半身で構え、空いた左手を正面に突き出しながら、狐面の巫女と魔物の大群を睨みつけていた。
少しでもこちらに襲い掛かる素振りを見せれば、直ちに長剣を振り回して、後ろに庇う2人には絶対に近づけてなるものか、と鬼の形相で歯を食いしばる。
「……仮面の表情が、違う……。何か意味があるの? 」
森の女王の呟きを背中に聴きながら、鬼神王も改めて目の前の狐の仮面と投げ捨てられた仮面とを見比べる。
そう言われてみれば、目の前の仮面だけ、悲しい表情をしているようにも見えた。
「アエテルニタスっ! ヒルコは分身でもできるのか!? 何故、2人も狐面の人間がおるのじゃ? 意味がサッパリわからんっ! 」
鬼神王は、すでに考える事をやめた。
考察担当は、森の女王の役割だと割り切っている。自分は、鉾であり盾なのだ。
彼女が考えをまとめるまでの間、しっかりと護り抜くのが自分の役割なのだ。きっと、倒れているドワーフ王もそう考えていたに違いない。
すると、鬼神王の言葉に森の女王が反応する。
「――分身? 分裂? そうか、あなたたちは全員ヒルコの分身体なのね!? 」
じっと使徒らに顔を向けたまま、全く動こうとしない狐面に向けて叫ぶ。
狐面のその仮面は、確かに悲しげで、仮面だというのに涙を流しそうだ。
(……分裂を繰り返し、分身体を作り出し、それぞれの分身体がヒルコとしての自我を持った。そして、それぞれがそれぞれの考えで動くようになっていった……。だから、私たちに危害を加える者と、危害を加えたくない者、色々なヒルコがいるんだ……。きっとそう――)
先ほどまで、何か纏まりそうで纏まらなかった考えが、鬼神王の何気ない言葉で纏まった。
森の女王には、この説明の為の証拠は無い。
しかし、その答えには確証が持てたのだ。
「あんた、その悲しい仮面は、その表情は……。それが、あんたの本心なんでしょ? この投げつけた仮面のヒルコも本心のヒルコ。あんたたち、それぞれがそれぞれの本心で動いている……。」
森の女王は、両手の拳を強く握りこみながら、巫女姿の狐面に向けて叫ぶ。
「あんた、私たちを仲間と……、家族と思っているのなら、この場は引きなさいっ! 絶対、私たちがあんたを助けてあげるからっ!」
(――助ける? アエテルニタスは何を言っているんじゃ? ワシらを追い詰めている相手を助けるとは、どういう事なんじゃ!?)
叫びたくなる衝動を必死に抑え、鬼神王はまさに鬼の表情で狐面を睨みつける。
「 …………。」
無言のまま、その場に立ち続ける狐面の巫女だったが、鬼神王が、ふとその仮面をみると、なんと、先程まで今にも泣き出しそうだった狐の表情が、今はちょっと嬉しそうな表情に見える。
いや、確実にその表情は喜怒哀楽で言えば、喜びの感情になっていた。
「……アエテルニタスよ……。此奴……、笑っておるぞ……。」
「……そうね。やっぱり、このヒルコは、私たちの味方……。昔から変わらない友としてのヒルコ、なのね。」
狐面の巫女は、二人の言葉に安心したのか、益々仮面の表情が柔らかくなった気がする。
森の女王は、これでこの説が絶対に正解だと確信した。
「ヒルコ……。あなた、誰かに命令されたの? 」
森の女王は優しく問いかけるが、狐面の巫女はその質問には応えず、くるりと後ろを向いて、魔物の大群の中に歩き出した。
すると、先程まで、あんなに興奮状態でダンジョンの中へと入り込もうとしていた魔物たちが、狐面と一緒に身体を反転させたのだ。
激しい攻防が繰り広げられていた、ダンジョン入り口のエントランス。
今、そこには戦闘の音ではなく、ダンジョンから引き上げていく、魔物たちの足音だけが響いていた――
みなさん、評価やコメントなど、ぜひぜひよろしくお願いします!