絆
――都合、81回目
「 ガッハハハッ! もう、流石に腕も上がらんぞっ! ギルっ! お前も流石にガス欠じゃろ。」
すでに全身を自分と魔物の血で染めあげながら、ドワーフの王が豪快に笑っている。
「 ふんっ! お前と一緒にするな。ワシはまだまだいけるわい。ただ、ワシに相応しい武器が無いだけじゃ。」
赤鬼の王は折れた棍棒を投げ捨て、魔物が落とした武器を物色しながら答えた。
「全く、強がりをいいおって。すでに赤鬼じゃなくて、青鬼になっちまってるぞっ! そんな顔色で強がるんじゃ無いわい。馬鹿もんがっ!」
そう言ってその場に胡座をかいて座り込むドワーフの王。魔物の大群と対峙し続けて体力はすでに限界を超えている。深傷こそ負ってはいないが、さすがに疲労もピークに達しているようだ。しかし、そんな体力の限界を迎えようとしているにも関わらず、彼には不思議と悲壮感は無い。
「誰が青鬼だ。ワシは歴とした赤鬼、鬼神王ギルじゃぞ。お前こそ、その酒樽のような身体が少しは細くなったのでは無いか? しかし、その割にはかなり調子が悪そうだぞ。」
自分の角を摩りながら、武器を探すのをやめ、鬼神王もその場に座り込む、ドワーフ王に同じく、やはり悲壮感など微塵も感じさせずに、ガハハと笑いだした。
「ちょっと、あんた達、もうへばったっていうの? 結界の外を見なさい。アイツら、まだまだいるわよ。」
森の女王の煽るような言葉に対し、然しもの二人の戦闘狂も、笑って誤魔化すしかなくなっていた。
「そう言うな、アエテルニタス。流石にワシらとて、もう動けん。」
「そうじゃな。もう振り回せる武器も見つからん。」
「何よっ! このうら若き乙女がまだ必死の思いで魔物の大群に立ち向かおうっていうのに、いい歳した爺さん2人が先に諦めるだなんて、情けないことこの上ないわ。だいたいね、私が逃げろって言った時に逃げてれば、あんた達がそんなにボロボロにならないで済んだはずなのよ?」
「おいおい、だれがうら若き乙女だって? ワシらの何倍も長生きしてるくせに、わけわからん事言ってるんじゃないっ!」
「ガハハッ! 言われてみれば、ワシらよりだいぶ先輩じゃの? アエテルニタス。」
いつもなら怒り出す森の女王だが、グッと唇をか噛みながら、言葉を吐き出す。
「……ったく、もういいのね?」
3人の使徒はそれぞれ顔を見合わせた。
森の女王の脇には、片腕の無い戦闘用の機械人形=ゴーレムが一体。すてに他の機械人形は壊されている。
結界を維持している木の精霊=ドライアドたちは、心配そうに使徒たちを見つめて立っている。彼女たちに魔力を注ぎ続けている為、森の女王自身もかなり消耗が激しい。
「――じゃあ、次で最後にしましょうか。」
「……そうじゃの。」
「……ああ。なら、最後は俺の愛剣と行くか。」
ドワーフ王は自慢の戦斧に寄りかかりながら重い腰を上げ、鬼神王はだいぶ前に投げ捨てていた自分の長剣を拾い刀身を撫でた。
2人の戦士が武器を構え、入り口の方へ向き直った所で、森の女王が結界の解除を告げる。
「さぁ、最後は派手にぶちかますわよ!」
「「 おうよっ! 」」
静かに木の精霊が結界が消えていく。
何度も繰り返してきたこの戦い。3人の使徒は残りの魔物の大群全てを相手にする覚悟で魔物たちを睨みつけていた。
結界の出し入れを一瞬でこなしていた今までとは違い、上から徐々に結界の光が溶けていく。
もう、結界を維持するための魔力も含めて、全て魔物との戦いに振り向けるのだ。
「――ジンよっ!」
「――ベヒモス来いっ!」
最後の魔力を振り絞り、2人の使徒は自身の徴現できる最強の精霊を呼び出し、並ばせた。
純粋な戦士である鬼神の王は、最前に仁王立ちして結界が完全に消え去るのを待つ魔物の大群に対峙している。
魔物の大群も、今までとは違う雰囲気を感じているのか、先程までは結界に向かって体当たりを繰り返していたというのに、そんな興奮状態から何か落ち着いた雰囲気に変わっていた。
( 最後の決戦。そんな使徒の決意を魔物たちも感じているのだろうか。)
結界が消えていく様と、静かにその時を待っている魔物たちの姿を見つめながら、森の女王は心の中で独りごちる。
魔物にも、我々と変わらない心情というものがあるのかもしれない。普段なら、自分の研究ノートに書き留めていただろう。
そのくらい、今の状況は森の女王には不思議な状況に思えていた。
( こんな状況じゃなければ、魔物の観察なんてのも面白い研究になったかもしれないわね。)
ふと込み上げてきた笑いを我慢できず、森の女王から白い歯が溢れた。
「――なんじゃ、この場面でニヤニヤしおって。愛しい男の事でも考えておったのか? ガハハッ!」
「何を馬鹿な事を言っているのよ。全く下衆なドワーフだこと。さぁ、結界が消えるわよ。気合い入れなさいっ!」
「なんじゃ? 図星か? お前さんにもそんな思い出があったとはの?」
「残念。考えていたのは研究の事よ。でも、確かに私にだってそんな思い出はあったわね。私にだって、可愛い子供はいるのよ? 知らなかった?」
「ほぉ、それは知らなんだ。ここを生き残ったら、是非とも会ってみなくてはならんの。お前さんみたいに、性悪じゃなければ良いが。ガハハッ。」
「ふふっ、私の子供ですもの。眉目秀麗。美しい息子を見て、自分とのあまりの違いにショックを受けないようにしなさいね。」
ガハハ、ウフフと顔は魔物の群れを睨みつけながら会話を交わす2人。そこに最前にいる赤鬼から突っ込みがはいる。
「……仲がよいのはわかったから、集中しろ。来るぞ。」
完全に結界の光が消え去る。
3人の使徒はゴクリと喉を鳴らした。
すると、魔物たちを押しのけ、一人の小柄な人族が前に出てきた。
その姿は、白い巫女姿に狐の仮面。
そう、ヒルコの分身であった――
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