ぼっちの王様たち
「――くっ、ここもか……。」
魔物の大群が通った後の村を見て、傷だらけの男が一人、拳を握りしめた。
その村はまったく正気を感じられない更地と化し、確かにそこに存在していた建物も、そこで活動していたはずの生き物も、すべてが踏みつけられ、踏み潰され、どこから見ても、その原型を想像できないような風景が広がっていた。
本来、そこには人々の生活があり、幸せな営みがあったはずだが、短時間のうちに、すっかり廃墟となったこの村には、もうすでに死の匂いすら感じられやしない。
「……どうやってあれだけの魔物を操る事ができたんだ……。あれじゃあ、まるで魔物の大移動……いや、大津波だろ……。」
先日、男が管理していた【試練】のダンジョンに押し寄せた魔物の大群は、そのダンジョンを落とし、魔力源であるウカの魔力核を破壊し、カケラを奪った後、その勢いのまま、ダンジョンから溢れだして、街の周辺にあった幾つかの村々をも蹂躙していった。
次から次へと押し寄せ、彷徨い歩く魔物の大群は、まるで生きた津波のようで、その大波は、動きそびれた自分たちの仲間をも飲み込みながら、ただただ目的も無くに進み続けていた――
♢
「……見つけた……。」
男は背中に担いでいた大剣を、筋肉を膨張させた右手一本で引き抜き、次の行き先を求めて進む魔物の群れに向かって一直線に構えた。
ギリギリと歯を食いしばり、その魔物の大群をじっと睨みつけながら。
男は今にも魔物の大群に向かって走り出しそうであった。しかし、何故か男は持っていたその大剣を地面に突き刺し、ドカッとその場に座り込む。
「……ワシ一人で、どうにかできるはずもないわい……。」
腕を組み、胡座をかきながら魔物たちを見送る男。2本の角だけでなく、その顔や身体も魔物の返り血と自らの血でドロドロになっている。
おそらく、相当の数の魔物を相手に戦い続けたのだろう。すでに突き刺した大剣も刃こぼれがひどい。
もともと切ったり刺したりというより、叩きつけるという表現がぴったりな武器ではあるが、流石にここまで刃こぼれしていれば、そう長くは使い続ける事は出来なさそうだ。あと何度の戦闘に耐えられるだろうか。
「――あの狐の仮面の連中が先導したのか? しかし、あまりにも魔物たちの統率が取れすぎていた。だいたい、種類の違う魔物があんな風に連携なんてとるわけはないんだ。」
そして男にはもっと不思議な事がある。それは、
「――だいたい、ダンジョンでしか生きられないはずの魔物が、外の世界で歩き回るなんて、どういう了見じゃい……。」
この世界の理。
ウカの魔力源をもとにし、人々の【試練】の為にダンジョンの中で生み出される魔物たちが、何故か外の世界を彷徨い歩いている。しかも、とんでもない数の魔物たちがだ。
何か特別な仕組みを使って、どこかのダンジョンの魔物を溢れさせたとしか考えられないが、その方法は、男には到底思いつかなかった。
「とりあえず、アエテルニタスの所に行ってみるか……。頭のいいアイツなら、この不思議な状況も教えてくれるだろ……。」
男は、突き刺した大剣を背中の鞘に戻し、膝に手をつきながら立ち上がった。そして、魔物の大群に背を向けると、北に向かって歩き出す。
「……くそぉ……、ウカ様、申し訳ない……。」
気合いを入れたのか、自分の顔を右手で殴りつけた。口の中が切れたのか、牙を伝って血が落ちる。拭うこともせず、後ろも振り返らず、男は陽が落ち暗くなり始めた街道の先へと消えていった――
♢
増えては分裂を繰り返し、また増えては分裂を繰り返す。
無形の混沌は、次々にその個体を増やし続けた。
その個体は、ダンジョンの魔物に取り憑き、そして、自らの分身体に蓄えたウカの魔力を源にして、魔物たちの活動の制限を取り払われた。
ダンジョンという活動制限を取り払われた魔物たちは、ダンジョンの外に溢れ出し、今度はその身体を媒介にして、才能を開花する前の少年や少女に取り憑き支配した。
魔物と違い、様々な才能を持つ人の子らは、無形の混沌によって、本来開花するはずだったその才能を都合よく書き換えられ、その身の限界を超えて操られ続ける。
無形の混沌にとっての何かのこだわりなのか、才能を書き換えられ、支配された少年少女は、何故か狐の仮面を被せ、白装束に着替えさせられた。
そして、その狐の仮面の少年少女は、新しい才能によって作られた無数の操り糸を使い、無形の混沌に取り憑かれていない魔物を支配する。
分裂し、増え続ける無形の混沌が取り憑く魔物たちと、狐の仮面の少年少女に支配された魔物たちは、ダンジョン=ヘルツプロイベーレから次々に溢れ出し、大きな魔物の群れへとなっていく。
大群に属するそれぞれの魔物個体は、全て無形の混沌である。
そして、支配された狐の仮面を被せられた少年少女も、実質、中身は無形の混沌である。
そう、意思はたったひとつ――
故に、統率は必要ない。
細胞が集まって、一つの個体として全体を形成しているかの如く、その大群は動いていく。
しかし、分裂した無形の混沌の意思とは別に、それらの心には感情が生まれていく。
そのそれぞれの感情は、実はすべて無形の混沌が悩み、望んでいるもの。故に、徐々に徐々に、それぞれの細胞が、それぞれの細胞の感情によって複雑に蠢いていった――
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