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いじめられっ子、世にはばかる 〜英雄に憧れて〜  作者: 十三夜
第6章 豊穣神と使徒たち
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狐憑き⑤


「……アエテルニタス、お前、狐憑きの騒ぎについてどう思う?」


 氷狼は、唐突に粘土人形に語りかけた。


「……ガガッ……、どおって、まぁ、そのまんま、ヒルコがご乱心と考えるのがわかりやすいさね。」


 森の女王アエテルニタスは、雑音混じりの声で、あっさりとした答えを返す。


「……ガガッ……、ただね……。」


 一瞬、その場に沈黙が走る。


「……ガガッ……、ウカ様が大好きで、仲間の私たちの事も大好きなあの子が、なんの理由もなくこんな事するようには思えないのよね……。」


 森の女王は、先程まで機会人形=ゴーレムの説明をしていた時とは打って変わって、全く自信なさげに、小さな声で語った。



「……あぁ、それは俺もそう思う……。」


 氷狼も同じく、普段の不遜な態度が嘘のような態度で、胡座をかいたその足を見つめながら、絞り出すように同意した。



〈……アノ……、オウサマハ、ヒルコガウカサマノカラダヲトリコンダノデハナイカトイッテイマシタ……。〉


 それまでジッと動かずにいた嘆きの精霊=バンシーが、氷狼と粘土人形の間に割って入る。

 聖獣と人形と精霊。

 他人が見れば、なんとも不思議な光景だが、当の本人たちは至って真剣に話し続けていた。



〈……オウサマハ、ヒルコハムケイノコントントヨバレ、ジシンニカタチガナイノコトヲ、ツネニイヤガッテイタト……〉


(……おいおい、それじゃ、益々俺の浴びせた言葉はアイツにとって最悪の言葉じゃねぇか……。)


 嘆きの精霊は、おずおずと話しを続ける。

 その様子は、何かを怖がるような、そんな風に見えた。



〈……アタシモ、ヘタにシャベレルカラ、ミンナトハナシタクテ、ツイシャベリカケテシマッテ……。ソシテコワガラレルコトノクリカエシダカラ、コノキョウフノカタマリミタイナスガタガ、ダイキライデス……〉


 氷狼と森の女王は、驚いて嘆きの精霊の顔を覗きこむ。彼女は、とても悲しげにも見えた。


〈……コノサケタクチモ、ヤミノヨウナマックロナヒトミモ、ミンナキライ……。ダカラ、ジブンガキライナヒルコノキモチガワカリマス……〉



 自分が嫌い――



 そんな事思ってるなんて……。

 そんな事思ってる奴に、その嫌いな原因でそいつを傷つけていたとしたら、俺はなんて事をしていたんだろうか、と氷狼は唇を噛む。



 嘆きの妖精は、死を告げる妖精と言われる。

 人形のような可愛らしい身体だが、その顔は恐怖を撒き散らす。その目を見れば人は恐れ慄き、その声を聞けば人は絶望する。

 そんな恐怖の対象である嘆きの妖精が、実はそうやって人に拒絶される事で、いつも悲しみを膨らませていただなどと、どうやって他の者達が気づく事ができたらだろうか。


 いや、気づこうとしていない者達が、それに気づく事など、絶対に出来ないだろう。


 なら、嘆きの妖精が悲しいと伝えればよかったのだろうか。


 否――きっと、嘆きの妖精が悲しいと伝えることなど出来ないし、相手がその悲しみを感じることはできない。


 なぜなら、その前に大きな壁が存在するから。


 恐怖という感情が邪魔をして、その後に続くべき感情が入り込むべき隙間がないのだ――



 それならば、ヒルコと自分たちの関係はどうだったのだろう。


 仲間――という関係に甘えて、ヒルコのコンプレックスや話せないというハンデに対して、全く配慮などしなかった。

 嘆きの妖精が感じたような、嫌いな自分が他人からも嫌われる感覚……。想像してみれば、何と悲しく恐ろしい感覚であろうか。



(……ちっ……。そうならそうと言えってんだよ。わかんねーじゃねーか!)


 氷狼は口に出さずにヒルコへの文句を噛み殺した。

 わかっている。

 さっき考えたように、何かしらの大きな壁が存在して、わかろうとしない自分と、わからせる事ができない彼奴がいたのだ。しかし、しかしだ……。



(……そうだったとしても、やっぱり言ってくれなきゃ、教えてくれなきゃわからねぇって、なぁ、ヒルコよぉ……。)


 どうして辛いことを辛いと言ってくれなかったのかと、悔しい気持ちでいっぱいになるのだ――



           ♢



(……ヒルコは、本心を最後まで皆に教えなかったのだな……。)


 悲しげに顔を項垂れる氷狼の姿を粘土人形越しに見つめながら、森の女王アエテルニタスはため息をついた。


 物作りと演劇。


 どちらも何かを創造するという点で、ヒルコとアエテルニタスはよく語り合っていた。

 勿論、ヒルコは声に出して話す事は出来なかったが、念話という会話手段を持っていた。

 精霊との親和性の強いエルフという存在にとっては、精霊との意思疎通に使われる念話は、とても身近な会話手段であった為、アエテルニタスだけは、よくヒルコと芸術について語り合ったものだった。


 そんなアエテルニタスには、ヒルコが抱える劣等感を打ち明けられていた。


 しかし、人間関係よりも、新しい研究にばかり興味があったアエテルニタスは、ヒルコの悩みに対して真摯に向き合ってこなかった。

 同じ目的を持った仲間同士、そして、同じ物作りに興味をもつもの同士、もっとも近しい仲であったはずなのに、アエテルニタスは、ヒルコ自身に対して理解してやろうとしていなかったのだ。

 

 

(……あんなに語り合った仲なのにね〜……。私は、全くあんたの話を真剣に聞いちゃいなかった……。)


 語り合った日々を思い出しながら、森の女王は後悔に押しつぶされそうになっていく。



(……私は、自分の一族だけでなく、親友の事も、自分の興味にばかり夢中で気づいてあげられないまま……。ほんと失敗ばかりしてるよ……。)


 滅びたエルフ一族の事も、苦しんでいた親友の事も、いつも失敗ばかりしていると、森の女王はその端正な顔を歪ませた。



(……情に厚いフェンリルの事だ。彼も相当にくやしがっているだろうね……。)


 氷狼を気にかけながらも、粘土人形には表情が無いから、自分の苦しんでいる姿は、氷狼には見られなくてすんで良かったなどと、変なところで高いプライドが邪魔をするのだった――



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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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