狐憑き①
♢
「おいっ! ヒルコっ! お前、どういうつもりだっ!!」
東の街リンカータウンに作られたダンジョン=リンカーアーム。その地下30階。このダンジョンの管理者、氷狼のフェンリルと対峙しているのは、狐の仮面を被った巫女姿の少女が5人。
「……なんだってんだ。狐の仮面に巫女姿なんて、お前ら、ウカ様の姿を表現してるとでも言うのか!?」
フェンリルの後ろには、狐神の右腕が封印され、このダンジョンの魔力源でもある核が置かれている。本来なら、この核のある部屋は、見つけられないように細工してあるのだが、彼女たち狐の仮面の少女たちには効果が無かったようだ。
「――ったく、ダンマリかよ……。そういや、ヒルコは声を出せなかったんだっけか!?」
ダンジョンの中には、魔力によって産み出された魔物たちが闊歩していたはず。地下深くなればなるほど、その強さも増すはずで、そう簡単にはこんな地下深くまでは進めないはず。
しかし、狐面の少女たちは、いとも簡単にここまでやって来た。それも、巧妙に隠されていたはずの核の部屋まで……。
「……おいっ! ヒルコっ! お前、関係ない娘たちを操ってやがるな!? ふざけるなよっ!?」
何を考えてこんな行動をしているのか。
こちらの質問に対して、肯定も否定もしないが、俺のこの鼻は誤魔化せない。どう考えても、この匂いは、ヒルコの野郎だ。
「――お前、何がしたい? 俺が気に食わないってか!? 俺がなんかしたってのか!?」
そりゃ、一緒にウカ様の手伝いしていた時に、馬鹿にしたりはしたけどよ……。だったら、俺にだけやり返したらいいじゃねぇか。
「ウカ様は関係ないだろっ!? ウカ様の核になんかしてみろ、許さねぇぞ!!」
氷狼の声に、徐々に怒気が混ざっていく。
絶対に狐神の核に悪さなど、させてたまるか。
氷狼は魔力核の前に立ち、その身を低く構えて、いつでも狐面の少女たちに飛びかかれるように身体に力を込めた。
5人の少女たちは、氷狼を囲むように動き出す。
そして、半円状に位置取ると同時に、それぞれの少女のスキルであろうか、少女のうち、4人が火、水、土、風と一人一人違う属性の魔法を繰り出した。
「――おいおい!? 嘘だろ! 」
氷狼は避ける事も出来ず、全ての魔法の攻撃をその身で受け止めた。後ろにはウカを封じた魔力核があるのだ。意地でも自分の後ろには魔法を通せない。
「――ふっざけんな!?」
連続した魔法の攻撃が一瞬止まった刹那、氷狼はその身に溜め込んだ力を爆発させた――
凄まじい速さで、5人の少女に当て身を喰らわせる。次の魔法の準備に入ろうとしていた為、無防備になった少女たちは、その強烈な当て身によって、部屋の壁まで吹き飛ばされた。
「ヒルコよ〜……、俺たちゃ、ウカ様の為に集まった仲間じゃなかったのかよ。」
ヨロヨロと立ち上がる少女たちに向けて、氷狼は涙を浮かべて訴える。その身体は先ほどの魔法攻撃でボロボロだ。
「……俺は、みんなを家族とも思ってたんだぜ!? もちろん、お前もだよ、ヒルコ……。」
再び魔法を仕掛けようとしていた少女たちの動きが止まる。
「――お前は、俺たちの事、そうは思っちゃいなかったのかよ……。」
右手で顔を覆い、悔しげに呟く氷狼。その姿に何故か動揺する少女たち。
氷狼が溜め込んだ力を解放して、無防備を晒しているにも関わらず、少女たちは、準備した魔法を握り消した。
「 …………。 」
仮面に隠され、その表情は全く窺い知れない。
いや、おそらく操られているだけの少女たちに、感情かあるとも思えない。
しかし、人形劇でウカとその仲間たちを楽しませてくれたヒルコには、言葉は無くとも、間違いなく感情というものがあった。
もし、この狐の仮面の少女たちが、ヒルコと繋がっているのならば、絶対に悲しい表情をしているに違いない。氷狼はそう確信していた。
「……だってよ……、お前が一番優しい奴だって知ってるからよっ!」
アイツの顔が見たいっ! 例え、そこに居るのが操られているだけの少女なんだとしても、きっとそこにはアイツの匂いを感じているから。
氷狼は、再び身体に漲らせた力を、中央に位置どる少女の仮面にめがけて解放した。
その力の塊は、見事に仮面を捉え、少女の顔を勢いよく跳ね上がらせ、そして、仮面を左右に割った。
パリンっ!――
乾いた音が響き、仮面の下から、まだ大人になりきれていない少女の顔が露わになる。
そのあどけない顔は、表情こそ【無】ではあったが、両の瞳からは確かに涙が流れていた――そして、その少女はその場に崩れ落ちる。
「――そうだろうよっ!」
氷狼は、その涙と崩れ落ちた少女の姿を確認すると、残る力を振り絞り、他の4人の少女の仮面に向けて瞬足の蹴りを叩きつけた。
パキッ! パキッ!!――
2人までは仮面を割ることに成功したが、残りの2人にはその攻撃は届かなかった。
魔法を使っていなかった仮面の少女の手から吐き出された無数の糸に、氷狼の脚が絡み取られてしまったのだ。
「その糸っ!! やっぱり、お前ヒルコじゃねえか!? いい加減にしやがれっ! お前は、家族を裏切るような奴じゃねえだろっ!」
動きを止められながらも、必死の形相で叫ぶ氷狼。その叫びに反応したのか、残る2人の狐仮面の少女は、クルリと後を向いて出口に向かって走り出した。
「――待てよっ! ヒルコっ! ちゃんと理由を聞かせやがれっ……って、あいつ、話せないんだった!? 畜生っ!!」
足を粘着質な糸に絡みとられ、少女たちを追いかけることができず、その場で拳を床に叩きつける氷狼。
ふと周りを見まわしてみると、仮面を割られた3人の少女は、身動きもせずに倒れたまま。その頬には涙の後がハッキリと残されていた。
「……ったくよ……。あいつは、何がしたいんだよ……。」
突然襲ってきて、突然逃げ出した狐の仮面を被った少女たち――ヒルコに操られていたのは間違いない――に、考えをまとめることが出来ずにいる氷狼フェンリルだった。
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