諫言耳に逆らう②
試練のダンジョン――
ウカたちが進める『試練』プロジェクトの総仕上げになる。
ダンジョンの中に、「魔物」と呼ばれる、魔力を使って創られた人口生物を解き放ち、その「魔物」と戦い、倒す事によって、自らの成長に繋げようという取り組み。
今まで、農作物を作る事を思い出させ、家畜を飼う事を推奨し、田畑の規模を大きくする為に他人と協力して作業する様に仕向けてきた。
すでに果物や野菜、穀物がどのようにして存在しているのかすら忘れかけていた人々にとって、自分の手を土で汚し、苦労して採取する行為は、とても辛く、苦労する事に慣れるまで、相当の時間が必要であった。
しかし、実際に苦労して手に入れた食物を、これをまた自分達で苦労して調理し、食べるまでに至った時、その達成感は、今まで何不自由なく生活してきた時の喜びとは全く違う、大きな大きな喜びとしてその心を刺激した。
この苦労して喜びを手に入れた経験は、もっと大きな喜びを手に入れたいという欲を刺激し、また次の事柄に向けて考え、頑張るというサイクルを生み出す。この欲を追求するという、ある意味、強欲な感情こそが、ヤル気を失っていた人々の成長へと繋がっていくのだ。
「みなさん、太陽神様のプロジェクトは、次の段階へと進んでいます! 自らの進化、発展を止めない為に、『楽』を捨て、自らに『苦』を与えなさい! 太陽神様に頼りきった時代は終わりにしましょうっ!」
狐神は、太陽神の名前を無断で使う事に引け目を感じながらも、世の中の停滞を打破する為に呼びかけを続けた。
傍には月神が優しい笑顔で佇む。
ヒルコは、相変わらず正体を隠したまま、狐神演説の手伝いを続けた。
いつからか狐神の周りには、彼女の考えに賛同した力のある仲間が増え、彼らも一緒になって、『試練』プロジェクトをやり遂げていった。
仲間――ヒルコにとって、初めての存在。
彼は、一緒になって何かをやり遂げるという、ある意味、『試練』プロジェクトを自で行った時間に、幸せを感じていた。家族と一緒に居たいという、元々の希望を忘れるほどに。
それ程までに、仲間と一緒、という心強さと心地良さは、ヒルコにとって、強烈な経験であった。
(――狐神が考え実行している事は、こんなにも心を震えさせる。僕がこの身をもって証明している。やはり、どんな者でも欲というものは、必要なんだ!)
ヒルコは、この取り組みの成功を確信していた。
太陽神と再会する前までは――
♢
「これらの『試練』のダンジョンに創り出された魔物達を倒す事により、人々には経験が積み重なり、新しい力を手に入れるチャンスが与えられます。この新しい力を手に入れる為に努力し、成長する。これこそが、人々の欲を掻き立て、生きる為の糧になるのです。」
狐神と一緒に行動している、森の女王アエテルニタスが、太陽神、月神、海神の三大神とその部下達の前で、新しいプロジェクトの最終段階について説明している。
「さらに、魔物という共通の敵を作る事により、種族間の争いから、対魔物という協力体制を作り出します。そうなれば、世の中から無駄な争いを減らす事が出来るでしょう。」
森の女王の自信満々の語り口に、三大神の配下たちは、すっかり関心しきっていた。誰も反論する者は無く、その筋道の通った論説に聞き入っていた。
「長命種は、その成長をひたすらに追い求める事で欲を満たし続け、また短命種には、その輪廻の流れに新しい力を手にするチャンスを組み込む事により、短命であっても成長を続ける事ができるようにする。これについては、輪廻を司る月神様のお力をお貸しいただく事により解決済みです。」
ここで初めて、話を聞いていた太陽神の表情に変化が生じる。僅かに月神を睨みつけるが、月神は知らぬフリで微笑みを浮かべ、海神にいたっては、全くそのやり取りに気づかないでいた。
「――現在、すでにその身の欲を取り戻した者達は、新しい事にチャレンジする事に対する喜びを糧に成長し始め、国、町、村の活気も、『試練』のダンジョンを中心に生まれつつあります。」
森の女王は、かつて自分の論文を笑い物にし、森から彼女の追放を命じた張本人の前で、今度こそ認めさせる事ができた事に満足していた。
(……あの時、私の考えを受け入れてくれていれば……。いや、ウカ様だからこそ、この展開に出来たのだな。)
アエテルニタスは、感情を顔には出さず、最後まで説明しきる。
「――これで、『試練』のダンジョンの説明を終わります。ご清聴ありがとうございました。」
ニコリともしない太陽神に対して、拍手を送る海神だったが、となりの太陽神の様子を見て、焦った様子で拍手をした手を後ろに回す。
月神は、アエテルニタスと握手を交わし、そして狐神ウカとも握手を交わした。
この『試練』のダンジョンと、才能の継承。二本立てのプロジェクトをもって、太陽神の『楽』プロジェクトからの脱却を完成する。
表向き、太陽神の指示による、プロジェクト更新である為、太陽神と海神、そしてその部下達も、素直に受けいれることになった。
「――ウカ、話があります。後で一人、私の部屋に来なさい。」
太陽神は、ひと通りアエテルニタスの解説が終わり、その場のプレゼンテーションが終わってから、最後に狐神に静かに耳打ちをした――
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