諫言耳に逆らう①
「なんだお前たち! テラのやる事に、なんか文句あるのか!?」
神殿から海神の怒声が聞こえ、何人かの人が飛び出して来た。その者達は、一様に顔を青くしており、とてもじゃないが、その場で事情を聞ける感じではない。
「……テラ様に会う前に、スサ様に追い返されてるんだわ……。スサ様に凄まれたら、誰も話なんかできなくなっちゃうもの……。」
肩に小さなスライムを載せ、神殿の入り口近くで様子を伺っている少女。力無く地面をなぞっているフサフサの尻尾が、少女の不安気な心境を表している。
ヒルコは、言葉を発する事が出来ない自分が悔しくてならない。
少女を勇気づける為の言葉も、一緒に相手を説得する為の言葉も出す事が叶わないのだから。
しかし、少女は勇気を出して神殿の入り口へと歩き出す。
ウカ自身は、テラの配下である訳だから、別に神殿に出入りすることを咎める者はいない。
海神の怒気が残る神殿は、なんとも言えないどんよりとした雰囲気で、皆、言葉を発することすら憚れるような様子である。
「――おや、ウカじゃないか。珍しいな。何か、テラに用事でもあるのかい?」
神殿の中を歩く少女に話しかけたのは、中性的な魅力の持ち主、月神ヨミであった――
♢
月神ヨミ――三大神と呼ばれる、この世界の天上に存在する神の一人。太陽神テラと海神スサと並ぶ至高の存在。
彼は、神殿でウカを見つけると、自分の部屋へと連れて行き、ウカの話を聞いていた。
まさか月神から、こんなにも色々と問われるとは考えていなかった狐神は、親身に狐神の話を聞き続ける月神の様子に驚いたが、月神の真剣な表情に、自分がやろうとしている事を相談する決意をする。
「――このままでは、自分の欲を満たしきってしまい、やる気を無くした者だらけになってしまいます……。」
月神に対し、自らの考えを話し始める少女。
「……なんとかしてテラ様を説得して、今やり続けている『楽』プロジェクトを止めていただかないと、このままじゃ、世の中の人たちが、何も考えない人形と同じになっちゃいます……。」
胸の前で手を組み、狐神の必死の訴えを聞き続ける月神。しばらく考えてから、優しい表情になり、月神は狐神の頭を撫でた。
「……そうか……。よく気づいてくれたね。世界が停滞し、良くない方向に進み始めていた事は、私も気になっていたんだ……。」
遠い目をしながら、狐神に向かって自身の覚悟を話し始める。
「……本来であれば、テラの間違いを正すのは、私の役割だというのに、テラの意見をスサが無条件に許すものだから、私の話を聞いてくれないのだよ。」
狐神は、苦しげな月神の表情をみて、話を続けることを辞めてしまった。
「すまないね、ウカ。気づいていながら、その間違いを正すことが出来ずにいる私は、間違いに気づかないテラと、間違いに気付けないスサと、同罪なんだ……。」
額に手を当て、黙り込む月神。
狐神は、月神が再び話し始めるのを待つ。
ここまでの話を聞けば、月神が狐神と同じ気持ちで同じ事を考え、やろうとしていた事がわかる。
「――ただ、このままお前がテラに意見しようものなら、テラよりも、スサの怒りに触れて、大変な事になるだろう。」
それでも太陽神に伝えなくてはならない、そう口に出そうとした狐神を制して月神が続けた。
「――だから、私からお前に提案がある。どうだろう、私と一緒に、世の中の流れを変えるために頑張ってもらえないだろうか――」
この誘いに応じて、狐神ウカは、月神ヨミと共に、太陽神テラの『楽』プロジェクトを前に進めると称して、『試練』プロジェクトを呼びかけはじめる。
太陽神と海神には内緒にしたままで……。
♢
無形の混沌ヒルコは、月神に対し、その正体を明かす事なく、狐神の新しい取り組みを手伝い続けた。
内心では兄妹よ、家族よ、と月神に呼びかけたい気持ちではあったが、太陽神しかヒルコの存在を知るものは居ない。彼女が証言してくれなくては、月神が自分と兄妹、家族と信じて貰えるとも思えない。
だから、太陽神の間違いを正し、彼女を助ける事で、彼女との距離を縮め、その上で改めて3人が自分と家族であると申し出たい、そう考えていたのだ。
下心を持って狐神の側にいる――そんな引け目も感じながらも、一生懸命、世の中の人々を救おうと奔走する狐神を手伝いたい気持ちもまた、確かな気持ちだった。
そんな狐神のもとには、その熱意や誠意に応じた仲間が集まり、徐々に世界の流れを変えていく。
ヒルコも、その変身能力を使い、狐神の姿や、他の使徒の姿になって世の中に訴え続けた。そして、どんどん手応えが大きくなり、まさに、人々が『楽』プロジェクトの弊害から立ち直ろうかと、変化し始めた頃、ついにあの日が訪れる。
「……なによ、あれ。私に頼りきった時代は終わりってどういう事……?」
この時から、狐神と太陽神の間に、どうやっても埋められない程に、深い深い溝が出来上がり、お互いに歩み寄れない関係へと突き進んでいく事になる。
そしてヒルコは、その心の奥にある、家族への渇望に悩まされることになるのだ……。
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