無形の混沌⑤
また長い時が経った。
『劇団 小さな箱』は、その舞台になる小さな箱を馬車に乗せ、たくさんの村や町、国を巡り歩いた。
様々な種族と出会い、様々な演目をやり続けた。
演劇は娯楽。
どんな種族にも、楽しみを運んできてくれる劇団は歓迎された。
誰からも求められた事が無かったヒルコにとって、他人から求められることは無類の喜び。その期待に応えようと、一生懸命に演じた。
ヒルコの演じる人形劇は、まるで本物のように動き出す人形たちが舞台を飛び回る。
複数で動かしているように見せてはいるが、実際にはヒルコ一人で演じている。だからこそ、その動きには連携など不要。阿吽の呼吸などなくとも、まったく滞りのない流れるような動きで人々を魅了する。
しかし、ヒルコには話す能力がない。
歌を歌うこともできない。
これを解決する為に、音楽箱とよばれる蓄音機を利用した。この世界には、神々と同じ年月を生き、様々な発明をし続ける種族がいた。
いや、性格には人物か。その研究者の発明品は、世界の様々なところで活躍し、生活を豊かにする一助となっていた。
そして、その小さな音楽箱と、小さな舞台の箱から飛び出すほどの迫力のある演出や情緒溢れる感情表現は、人々に新鮮な驚きと喜びを与えていったのであった。
♢
娯楽――
世の中に様々に存在する娯楽は、ヒルコが感動し、目指した文化的な物ばかりではない。
世界に存在する強者と弱者。そしてその中間層。
特に、無限とも言える長い寿命を持つ長命種と呼ばれる存在は、長い年月の間に力をつけ続け、能力を伸ばし、その存在はどんどん大きくなっていた。
それに対して、短い寿命しか持たない短命種と呼ばれる存在は、自分たちの能力を伸ばし切る事ができず、力をつけた長命種との能力の差は開くばかりであった。
両者の力の差が開けば開くほど、力のあるものが力の弱いものを従える構図がハッキリとしてくる。
力の弱い短命種たちは、徐々に長命種たちに支配されるようになり、その命の価値はどんどん軽い扱いになっていく。
ある物は、家畜のように扱われ、食料にされ、
ある物は、玩具のように扱われ、慰みものにされ、
ある物は、不要な存在とばかりに、虐殺された。
中でも人族は、姿は神々と似た姿であるにも関わらず、酷い扱いを受け続ける。
――なんだこれは……。
娯楽を担う者として、そういった場面に出くわすことの多かったヒルコは、長く存在を認めてもらえず、虐げられ続けたからこそ、この理不尽な種族間の差別をとても嫌悪した。
――神々たちは、この状況を放っておくのか?
天上に立つ存在である神々が、これほどまでに格差や差別に対して無頓着である事に非常に腹をたてていたのだ。
――弱きものも、強いものも、この人形のように上手く操れたら……。そうすれば、こんな酷い世界にしたままにはしないのに。
太陽神からの呼び出しを待ち続けるヒルコであったが、長い長い人々の歴史の中で、様々な人々と一緒に生き続けてきた事で、上からしか覗きみることしかできない神々とは、全く違う視点を持つに至っていたのだ。
♢
またまた長い時が過ぎた。
支配するものと、支配されるものの関係は、いつからか世界の常識となり、ヒルコは、この状況を変えようとするものが現れない状況を憂い続けた。しかし、気持ちだけでは、なにも変えられない。
そんな時、世界に太陽神からの神託が下された――
『――世界の隅から隅まで、全ての者が楽に生活ができるように、全ての者が生活するために必要なものを与えます――』
太陽神が打ち出した『楽』プロジェクト。
貧富の差を一気に無くし、強いものの優位を一つ消す。
虐げるより、さらに楽しめる事ができるようになった為、態々弱いものを玩具したり、虐殺を楽しむような事が無くなる。
さらに、満足できるだけの贅沢が手に入ると、他人の物を奪ったり、土地を奪ったりといった争いも必要がなくなり、権力争いも無くなる。
望めば、必要なだけ必要なものが手に入る――
欲が満たされれば、さらに欲が出るのが人の常。
しかし、その欲さえも満たされ続けると、新しい欲が湧くことは無くなっていった。
この世界の争いや差別を、このプロジェクトはすっかりと止めてしまったのだ。
「――太陽神様! ありがとうございます!」
「――テラ様! 万歳!」
「――神の奇跡に感謝しよう! これから世界は安寧に包まれる!」
様々に挙げられる太陽神への感謝や敬愛の声。
ヒルコは、ずっと持ち続けた神々に対する不満や軽蔑が、尊敬に変わった。
――神々は、やはりあの状況を良しとはしていなかった! さすがテラ!さすがヨミ!さすがスサ!さすが、天上の存在たる神々だっ!
ヒルコは、太陽神の『楽』プロジェクトが差別や迫害から弱いもの達を救い、世界の平和を創り出した事を賞賛した。
人々の社会の中に、すっかりと溶け込んいたヒルコの憂いをすっかりと取り除いてくれたプロジェクトと、それを実行した太陽神に、深く感謝した。
そして改めて、自分も彼女たちの側で、世界の為に役立ちたいと、早く自分を呼び出して欲しいと、願い続けるようになっていった――
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