無形の混沌②
スライムは這いずり回った。
ゆっくりと、ゆっくりと。
どんな隙間も、関係ない。
どこにでも行けた。
スライムは風に乗った。
ふわっと、ひゅ〜っと。
重力も、質量も関係ない。
遠くにだって行けた。
スライムは観察した。
そぉ〜っと、じぃ〜っと。
自分でないものへの興味は尽きない。
色々な生物、種族を知った。
スライムは紛れた。
おどおど、そわそわ。
自分でないものの生活に入り込んだ。
気づいてもらえるかな……、結局、気づいてはもらえなかった。
スライムは知った。
なるほど、なるほど。
世の中、同じ種族や同じ考え、同じ仕事で纏まっているのか。
理解し、成長し、また考えた。
――自分と同じものはどこにいるの?
名もなく、誰からも認知されていない。そんなスライムは、ふと一人の女神と二人の男神の事を思いだした。
――自分と同じ……。そうか、自分の仲間はあの女神と男神じゃないのか!?
長い年月、ただ一人孤独に存在していたスライムは、自分の子供、兄妹、家族、仲間……、きっと3人がどれとも言えるはずだ、と喜んだ。
なんで、今まで気づかなかったのか、あんなに身近な存在が、自分にもちゃんといたのに。
一人で居続ける事なんてなかったのに。
スライムは、嬉々として神々の住む神殿へと向かった。
そう、あそこは自分の家族がいる場所。
そう、あそここそ、自分の居るべき場所。
スライムは想像した。
3人の兄妹と共に楽しく笑い、語り合い、協力しあう日常を。
家族とは、同族。一緒にいるべき集まり。
やっと孤独から開放される……。
言葉を発する事ができないスライムには訴える事も、説明する事もできない。つまり、忍び込むしかない。
しかし、神殿の中には簡単には入れなかった……。護衛が至る所に立ち、扉には封印の魔法が掛けられていた。
(しょうがない……。彼等が外に出てくるのを待つとしよう。今までだって、長い時間一人で過ごしてきたんだ。あと少し待つ事くらいなんて事ないさ……。)
神殿へと続く道の側にある桜の木の枝にぶら下がり、太陽神が外出するのを待つ。
しかし、彼女はなかなか神殿から出てくることはなかった。
季節が進み、桜の花が咲いた頃、とうとう彼女は外へ出てきた。綺麗に咲き誇る桜の花を見るために。
太陽神が、風に吹かれて散る桜の花びらを手に取り、その綺麗な景色に見とれていると、目の前に透明な物体が垂れ落ちた。その物体は、桜の色が映り込み、不思議と美しく見えた。
しかし、太陽神は目の前で膨張したその物体に対し、眉をひそめて語りかける。
「お前は、無形の混沌ではないか。まだ、生きていたのね? 」
返事をする能力を持たないスライムは、その身体を目一杯動かして自分の存在をアピールした。そして、透明な人の形にその姿を変える。
世界を見て周り、知識も増えたスライムは、人型の姿の手先を上手に変形させて文字を作った。
「か・ぞ・く」
「き・よ・う・だ・い」
「な・か・ま」
自分はあなたの家族であり、兄妹であり、仲間である。女神を指差し、そしてその指を今度は自分に向ける。どうにかして、自分の気持ちを伝えたかった。
「……私とあなたが家族ですって? 私たちがあなたから産まれ落ちたから? 」
女神は顔をしかめ、腰に手を添えながらスライムを見下ろした。
「私たちがあなたから生まれた事は間違いない。けど、それを知っているのはあなたと私だけ。でも……」
女神は、静かに言い放つ。
「ただの力の残滓であるあなたを、神である私たちと同列に扱えなどと、身の程を知りなさい。」
違う、同列に扱えとか、そんな話じゃないよ。
神として扱われたい訳じゃない、家族として、兄弟として、仲間として一緒にいたいだけなんだ。
「まったく……、私たちの親だとでも言いたいのかしら……。まるで、私たちの上に立つ存在みたいな気でいるのね。ただの残り滓のくせに。」
女神の冷たい言葉が、スライムの心を傷つける。
違う、違うんだ……。
ただ、一緒に居たいんだ……。
独りは嫌なんだよ、誰かと一緒に居たいんだ。
スライムは、感情を表す為に、その色のない身体に色をつける。
青い空色、地面の土色、深緑の緑色……、目につく色を次々と取り入れて、変わる変わる変わる変わる……。
しかし、女神は自らの顔色は微塵も変えずに、必死なスライムを蔑むような目つきで見ているだけ。
「……わかりました。あなたの存在を認めてあげましょう。その証明として、あなたに名前を授けます。ただし、神である私たちと同格に据えるわけでわありません。」
その身体を桜色に染め、与えられる名を待つスライム。期待に胸は弾んでいた。
「――ヒルコ。あなたにはヒルコという名を与えましょう。名乗る口はないでしょうが。」
女神は嫌味な笑みを浮かべながら、ヒルコと名付けたスライムに語り続ける。
「ただし、さっきも言った通り、あなたを神の座に据えるわけではありません。力を持たず、ただただそこに存在するだけのあなたに、そんな重大な役割を与えるわけにはいきません。」
スライムは黙って話を聞き続ける。
「それと……、あなたが私たち三大神の兄妹である事は認めましょう――」
桜色が、その言葉で朱色へと変わる。
「でも、それを世界に知らせる事はできません。世界がそれを知れば、驚き、混乱するでしょう。ですから、この話は、あなたと私、2人だけの秘密です。わかりましたね。」
スライムには、その奥にある意味までは計り知る事は出来なかったが、太陽神たちと兄妹である事を認めてもらえた喜びが大きすぎて、そんな事は全く気にならなかった。
――孤独ではない
今まで、存在を認められず、誰にも気づかれず、辛く寂しい年月を過ごしてきたスライムにとって、これは無類の喜び。まさに、天にも昇る気持ちとは、このことをいうのだろう。
スライムは、その身体の中で暴れる喜びの感情に震えた。
それは身体の中を流れ星が飛び回るように。
何本もの虹が駆け巡るように。
「――まぁ、実際のところ、あなたを兄妹と認めたとしても、それを他の者が知ることはないのですがね……。」
小さな小さな声で女神が呟いた事に、スライムは全く気づいてはいなかった――
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