無形の混沌①
混沌王――
狐神ウタの使徒の1人として数えられているが、その本当の姿を見たものは少ない。
王と呼ばれてはいるが、彼には率いる一族などなかった。
カオススライム。これが彼の本来の呼び名。
ただのスライムではない。
カオス=混沌。その身体に規則性などなく、無形。便宜上、彼と呼んだが、実際のところ性別という概念も無いだろう。
唯一無二。
彼はただ一人の存在。
孤独に在り続けていたその起源は……、実は三大神と同じであった――
最初の神々、三大神。太陽神テラ、月神ヨミ、海神スサは、この順番で混沌の中から産まれた。
ありとあらゆるものが混じり合い、無秩序に様々な要素が入り乱る混沌の中、力が結集し、醸成させて、美しく壮麗な女神と、中性的な不思議な魅力を持つ男神、そして雄々しく逞しい男神が形成され、産み落とされたのだ。
そして、その3人を産み落とした後の残滓、残余ともいえる存在。それが、ヒルコと呼ばれるカオススライム=混沌王なのである。
つまり、三大神にとって、親でもあり、兄弟でもあると言えるし、ただの残り滓とも言えるのだ。
しかし、三大神を創り出したともいえる、その混沌の存在について認知していたのは、一番最初に産み落とされた太陽神だけであった。
彼女は自我を持ち、自分という存在を認識するようになってから、自分を創りだした混沌を見続けていた。そう、太陽神が産み落とされ、次の月神、海神が産み落とされるまでは、少し間が空いたのだ。
故に、彼女は自身を3人の中の長女と認識しているし、他の2人は彼女の後に殆ど同時といって良い程のタイミングで産まれた為、彼女を母とも姉とも敬う形になっている。
そして、彼女以外には、神を生み出した瞬間を目の当たりにしてはいない為、その全ての詰まっていた混沌という存在を知るものは存在しえなかったのだ。
つまり、2人の男神は、その残滓である混沌の残り滓を、神を生み出した存在としてを認知することはできなかったのだ。
太陽神は、残された混沌が、全く形を持たず、僅かな力すらも残していない事がわかると、全く興味を持たなくなった。
三大神を産み出すという、とてつもなく高い労力を必要とする仕事をやり終えた混沌は、こうして誰からも認知されない存在となる。
孤独――
誰にも知られず、ただそこにあり続けた力の残滓は、いつからか自我を持ち、存在を主張し始めた。
しかし、その存在をただ1人知るはずの太陽神は、形すら無い混沌を相手にすることもなく、ただただ打ち捨てられたままであった。
スライムとは、ある意味、何らかの性質を持つ無形の存在。力のほとんどを産み落とされた三大神に持っていかれた残滓の存在であるスライムには、何かに偏って存在することは出来なかった。
色も無く、形も無く、ただし自我が生まれたスライムは、無意味に動き回るようになる。
広がったり、縮んだり、膨らんだり、破裂したり、分裂したり、くっついたり……。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……。
色も無い、形もない、スライムだが、いつからかどんな形にもなれる事に気がついた。そして、最初に産み落とした女神の姿に変身してみる。
透明な女神の姿になると、陽の光を反射してキラキラと輝き、その美しい姿は神以外の存在に見初められた。
「なんと美しい神――」
無形の混沌から、美しい神へ――しかし、力を持たないヒルコは、ただそこに存在するだけ。それでも、その姿に手を合わせる人々に知ってもらえた喜びに、小さかった自我はどんどん成長していった。
孤独だったスライムは、人から認知されただけで幸せを感じることができた。うれしかったのだ。
しかし、神に恵みを望む人々は、なんら恵みを与えない神に対し、不満を口にするようになった。
浅ましく卑しい行いにも見えるが、事実、そこに見目美しく存在しているだけのスライムは、飾り物と同じ。その目を楽しませる事しか出来ないのだ。
神の姿を模した、何でもない存在。
そんな物に、いつまでも興味を持ち続ける訳はなかったのだ。だって、その姿は、女神を模しただけ。本物の太陽神がそこに現れれば、ただの力を持たない偽物であるスライムに、敵うわけがない……。
そう、スライムにとって不幸な事に、スライムが女神を模して人々の前に現れた事を、真似された太陽神に気付かれてしまったのだ。
「――あなたは、何をしているのです!? 私の姿を真似て、人々の心を惑わせるなど、なんと卑劣な行為でしょう。恥を知りなさいっ!」
太陽神は怒り、スライムに対してその姿を辞めるように要求した。
驚いたスライムはその姿を元の無形の存在へと戻る。そして小さく纏まった。言葉を発しないスライムにとって、それは恐怖を感じた時の反応。自我をもち、感情を持つようになったスライムは、そのまま震えていた。
「――もしや、あなたは、我らを産んだ混沌の残滓か……。なんと醜い――。」
醜い?
太陽神から発せられた何気ない言葉。
自我を持つ者にとって、自分を貶める言葉は、深くスライムを傷つける。
自分という存在を否定されたかのような衝撃に、スライムは耐えられなかった。
誰からも認知されない苦しみから抜け出したと思えば、今度は認知されども蔑まれる苦しみを与えられてしまうなんて……。
太陽神は、自分の姿の模倣を辞めさせた事で、すでにスライムへの関心を無くし、スライムを無視してそこから去ってしまった。
本来なら、親とも兄弟とも言える存在だったはずなのに、スライム自身にすらその記憶は無く、それを知っているはずの太陽神も、その存在に興味を持ってくれていない。
他を模倣しても、それはスライム自体を認識されているのとは違う。
やはり、孤独――
いつからから、スライムは自分の存在を、元の姿のまま認めてくれる相手を求めて、彷徨うようになっていた――
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