忠誠という名の呪い
「悪なる神ウカ」
こんな噂が神々の間に流される。
その話は膨れ上がり、噂をする者たちは、噂の的であるウタの前ですら、ヒソヒソ話すことを憚らなくなっていった。
「――そんな事実はない」
月神は否定して歩くが、人伝てに伝わる速さは、悪いもの程早く伝わる。
あっという間に、神々の間では、狐神は太陽神の立場を奪おうとして、その功績を奪い、太陽神を貶めようとする最悪の輩とのレッテルを貼られるようになってしまった。
ただ、民の間では、太陽神の名代として実際にプロジェクトを勧めている狐神への信奉は厚く、神々の間で囁かれているような悪口は生まれていなかった。
故に、太陽神に届く感謝の言葉には、必ず狐神への感謝の言葉が混ざり、狐神を遣わしてくれたことへの感謝ばかりが目だっていた。
「――私の名前を上手く使っておいて、その功績は狐の小娘へと流れていく……、なんと口惜しいことか……。」
すでに、広い心を猜疑と怨嗟に埋め尽くされた太陽神は、狐神への憎しみを深めていった。
そして、ある時、その憎しみが爆発する出来事が起きてしまったのだ。
それは海神の言葉であった。
「――なぁ、テラ。あの狐の小娘、ウカと言ったか。あの娘、ヨミが言う通り、頑張っているじゃないか。民たちが、活き活きとしている。民たちに苦労をさせるとかいうプロジェクトは大成功だな――」
この言葉を聞いた太陽神は、激昂する。
「――私がやっていた『楽』プロジェクトが間違いだったといの!? 私が全部悪かったとでもいうわけ!? スサ、あなただって、私のやる事をずっと褒めていたじゃない! あれは嘘だったというの!? ふざけないで!? みんな、私が悪いと思っているんでしょ!?」
正確には、誰も太陽神を責めていない。
海神も、太陽神に対して、全く悪意のない言葉をかけている。
しかし、太陽神にとって、狐神を褒める事自体が、太陽神を責めることに感じられていた。
勝手に自分の中で、ストーリーが出来上がってしまった。太陽神は、他から責められ可哀想な自分というストーリーの主人公になってしまったのだ。
これには、狐神の悪い噂を囁きあっていた他の神々も驚いた。
誰もが崇高な存在と思っていた絶対神が、突然、ヒステリックに叫び、早口で海神を捲し立てているのだから。
太陽神に詰め寄られている海神は、太陽神のあまりの剣幕にオロオロとするばかりで、まともに会話になっていない。
「――みんな、私が邪魔なんでしょ!! 私から仕事を奪って、私に失敗を押し付けて! いいわ……、私なんか居なくてもいいでしょうから、あなたたちで世界を動かせばいいじゃない!?」
最終的に、大きく地団駄を踏んだ太陽神は、その大きな足音を残して、神殿の奥に閉じこもってしまったのだった。
これによって、闇ばかりの世界が訪れる……。
♢
「――良い事を思いついた。」
重い空気を作り出した本人が、その思い空気を気に求めていないのか、突然、その本来の柔らかい笑顔を見せながら話し始めた。
「――そんなに、ウカを慕っているというのならば、お前たちにダンジョンの核となるウカを守り続ける栄誉を与えましょう。」
ついさっきまで、涙を流して世界を憂いていたというのに、どこでどう切り替わったのが、嬉々として言葉を紡いでいく。
「命を持って抗議するだなんて、なんて高尚な考えでしょうか。ウカは本当に良い部下を持ったのですね。」
何か振り切れたような笑顔が、逆にその場の誰もを恐怖に陥れる。
「うん、良い考えだわ。仲の良い部下が一緒なら、ウカも寂しくないわね! そうしましょう。」
太陽神は笑顔なのだが、何故か誰も口を開く事ができない威圧感を感じさせた。狐神は勿論、後ろに控えていた月神と海神も、神殿に押し掛けた狐神使徒たちも、その笑顔の威圧に動くこともできない。
「これは決定です。ウカ、お前とヨミの願いを聞き届け、試練のダンジョンの魔力源としてその核に封印される事を条件に、私の名前を語り、私からその立場を奪おうとした罪をゆるしましょう。」
太陽神は、一人で悦に入っているかのように笑いつつ、明朗に裁断を下していく。
「ウカの使徒たちも、無断でこの神殿に押し入った罪、封印されるウカを守り続ける任を引き受ける事を条件に許しましょう。大好きなウカと共に在れるのだ、私の寛大な取り計らいに感謝しなさい。」
ふふふ、と笑いながらウカに近づく。
「ウカ、お前はその力を世界の発展の為に使えるのです。せいぜい、その魔力を使い潰して、世界に奉仕しなさい。いや、私の為に、世界に尽くしなさい。」
そう言うと、太陽神は改めて宣言した。
「――さぁ、狐神を魔力核化し、5つあるダンジョンに封印しなさい! その役目は、随行する狐神の使徒達に命じます! 北のダンジョンには森の女王、東のダンジョンには神獣王、南のダンジョンには古竜王、西のダンジョンには吸血鬼王、中央のダンジョンには混沌王。この配置で行います! 」
両手を掲げ、力を込める太陽神。
その刹那、太陽神の手から放たれた力の本流は狐神とその使徒へとぶつけられた。
「これは、私からあなたたちへの祝福です! この力がダンジョンに封印されるウタと、お前たち使徒との絆を繋ぎ続けるでしょう! さぁ、これでこの裁決は終わります! 行きなさいっ!」
自らの手で、信奉し遣える神をダンジョンに封印させるという残酷な宣言に、その対象となった使徒たちは絶望した。
これこそ、神々の歴史の中で、全く記されてこなかった神々の戦いの原点である。
そこには、戦いなどなく、ただ強い立場の者が、その身の間違いを認めず、弱い立場のものに失敗を押し付けて、その仲間と共に処断したという、あまりにも理不尽な歴史が存在していたのだ――