心の弱さ
「――何故!? 何故、ウカ様が魔力源なんかにならなきゃならねぇ!」
突然、神殿の中に大きな声が響いた。
「ウカ様は何も悪い事などしておりません! 月神様! これではあまりにひどい仕打ち。太陽神様にウタ様に謝るよう、ご説得下さいっ! 」
「そうです。我々は、『楽』プロジェクトの被害者。あの失敗によって滅びた種族の王です。だからこそ、ウタ様による改革のお手伝いをしてきたのです。」
「我ら、ウカ様の使徒。この命をもって、ウカ様への処罰に断固抗議します……。」
その場に膝をつき、首を垂れる4人の使徒と、その後ろに立つ巨大な4体の使徒。
本来なら、海神が排除に動くところだが、先程からの太陽神の行動に心が痛んでいた海神は動かなかった。
「――お前たち! 勝手に太陽神の神殿に入り込むなんて、何を考えている! 」
驚く月神が慌てて使徒らを嗜める。
「……くっくっくっ……。滅びた種族の王だと? 自分たちの責任も果たせずに王だけが生き残るなどと滑稽な。」
突然現れた狐神の使徒たちの言葉に、怒るどころか笑い出した太陽神。
「……せっかく私が不自由のない生活を約束してやったのに、王であるお前たちは何をしていたのだ?」
「「…………。」」
「長い寿命を活かすこともなく、漫然と自分たちの欲望を満たす事だけしかしなかったのであろう?」
「「…………。」」
「どんなに『楽』ができたとしても、自分たちで道を見つけ、進む事はできたはず。その進むべき道を示し、導くのが王たるものの勤めではないのか?」
「「…………。」」
「それを、王たる自分たちの力の無さを反省もせず、豊穣を与え続けた私を恨むなど……。まったく、責任転嫁も甚だしいっ! 恨むなら、王の責任を果たせなかった自分らの力不足を恨むべきであろうっ!」
王としての責任を果たせず、失意からウカの手伝いをし始めた使徒たちにとって、太陽神からの指摘は、物苦しく言葉を失わせた。
「――生きる為には苦労が必要? 基本的な生活を約束され、不自由なく生活し、それでも満ち足りないというならば、王であるお前たちこそ、その先の幸せを掴むために考え、行動するべきだったのだ。」
「「…………。」」
「せっかく、不幸な存在を無くし、種族同士の争いがなくなったというのに、その先の幸せまでも神に頼るなどと……。」
そこまで言うと、太陽神は涙を流し始めた。
どこでボタンを掛け違えたのか、世界の幸せを望んで始めたはずなのに……、みんな、幸せであったはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
その場に、沈黙が落ちてきた――
♢
坊主憎けりゃ袈裟まで――
太陽神の憎しみは、狐神の存在から、その関係する行動、その関係する仲間、全てに向けられていた。
やる事なす事気に食わない。
しかし、今、自分の名の下に進められてしまっているプロジェクトが、すでに世界に知れ渡り成功し始めている。
狐神の名声も高まり、簡単に排除などできないまでになっている。
月神の目もある。
しかし、太陽神という絶対的な存在が黒である、と言い出せば、それに反対するのは難しい。
「――ウカ! ウカ! ウカっ!!」
狐神は、昼も夜もなく、呼び出されては命令を受けるようになった。
神とはいえ、身体を持つもの。疲労は局地に達し、仕事のミスも出始める。
しかし、太陽神の怒りの矛先が自らに向くことを恐れて、狐神に助けの手を差し伸べるものは居なくなっていた。
それどころか、狐神の悪口を公然と言い出すものまで現れたのだ。
「豊穣を司る神ともあろう者が、その頂点におられる太陽神様の名を語り、自分の功績にしようとしているらしい。まさに、悪神。悪なる神だ。」
悪なる神……、なんと酷い言葉であろうか。
世界の安寧を願い、民の幸せを願い、滅び行く種族を救おうと行動した少女に対して、なんと残酷な扱いであろうか。
誰もが見てみぬふりで変わろうとしなかった神々にとって、自分たちこそが、その行為を恥じるべきであり、行動したものを責めるなど筋違いも甚だしい。
しかし……、
曠日弥久、酔生夢死、飽食終日、無為徒食、etc……
こんな状況を表す言葉はたくさんあるが、それが神という至高の存在であれ、『楽』な状態から抜け出せず、堕落していたことを表していた。
太陽神がやったから、太陽神が考えてくれているから、太陽神がやる事に間違いはない、太陽神がやってくれるなら大丈夫……。
本来なら、それぞれ、自分たちの考えがあって然るべきなのに、太陽神に右に準えで疑問を持たず、依存して、忖度して、我が身だけを守ろうとする。
これこそ、実は太陽神にとって、不幸なことだったのだろう。
元々、世界で起こっていた争いを憂い、虐げられていた弱い存在を救いたい。世界を幸せで溢れさせたい、そんな思いから始めた『楽』プロジェクトなのだ。
「本来の太陽神は善」という、月神の言葉からもわかるように、世界の幸せを願っていたことには間違いはなかった。
だが、海神による無条件の肯定……。
部下たちからの絶大なる信頼……。
民からの膨らみ続ける信奉……。
どこからも否定されない長大な時間は、太陽神の心根すらも停滞させた。
そうなると停滞した心は、少しの否定に対しても、過大な拒否反応を生んでしまう。慢心は、虚心を消しさり、疑心を生む。そうやって、自分を否定するものを排除し続けるようになっていった。
そんな滞った歴史の中に現れたのが、月神に担ぎ出された狐の小娘である。
自分の好意を寄せる存在が、自分に向けて公然と異議を唱え、異性の神に寄り添っている。それだけでも太陽神にとって、怒りの対象になり得るというのに、その小娘が自分の名を語って世界を改革しようとしたのだ。
もう、太陽神には、自分の負の感情を抑えることなどできなくなっていたのだ……。
坊主憎けりゃ袈裟まで――神々の世界に人の世界の言葉が当てはまるのかはわからないが、太陽神の心はもう変わることが難しいところまできていたのだ。
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