弱いものイジメ
「………いいでしょう………。あなたが、そこまで言うのなら、魔力源としてダンジョンに封印してあげる。」
太陽神は、それまでは扉の後ろに隠れていたが、突然扉を開け放ち、神殿の奥から歩出てきて言った。
まるで豊穣を司る恵みの女神の顔とは思えない、暗く冷たいその表情は、同胞である月神と海神ですら身震いする程である。
「――私を散々馬鹿にしていたんでしょうが、私はあなたのような女神とは、神としての格が違うのよ。」
狐神を見下ろし、狐神の背中を右足で踏みつける。そして、徐々に力が込められて、ついには、何度も何度も背中を蹴り飛ばし始めた。
「――やめよ!? テラ、何をするか!?」
「――テラよ!? 格が違うと言いながら何をそんな小娘相手にムキになるのだ!?」
月神と海神が慌てて止めに入るが、すでに狐神は身体中アザだらけになっていた。
「――スサ! 早くこの小娘の身体を八つ裂きにして、ダンジョンに封印してきなさい! 」
凄まじい形相で海神を怒鳴りつける太陽神。長い間、太陽神に好意を寄せていた海神も、さすがに恐怖した。
千年の恋も冷めるとはこういう事なのだろう。
海神は、狐神に対する憎悪を隠そうともしない太陽神の姿に、また一粒の涙をこぼした――
♢
狐神の少女、ウカ――
例え、その後ろで月神が糸を引いていたのだとしても、この生意気な女神だけは許さない。
私の名を勝手に語り、私の功績とさえしておけば、私がお前を許すとでも思っているのか?
そんな甘い考えで、私に喧嘩を売ってきたというのか?
――ふざけるなっ!
そうだ……。そんなに操られるのが好きなのなら、お前を本物の操り人形にしてやろう。
そうだ、それがいい。
くくくっ、今にみておれっ!
必ずお前を不幸のドン底に落としてやる!
♢
豊穣神ウカは、『試練のダンジョン』が完成した事が、心から嬉しかった。
ここにチャレンジする事で成長してくれるであろう様々な種族たちの事を想像するだけで、そこら中を跳ね回りたい気分になった。
手伝いをしてくれた同胞である使徒たちが、無気力という恐ろしい病には、やりたい事を次々と見つける生活が一番だろうと一緒に考えてくれた。その方法も、頭を付き合わせて作り上げてくれたのだ。
――みんなのおかげだなぁ――
自分一人では、絶対に成し遂げることは出来なかったと断言できる。
他人に対する思いやりに厚い吸血鬼王ブラド。
平等、公正な心を大事にする氷狼フェンリル。
尊敬の念を常に忘れず信念に忠実な古竜王ゴズ。
善悪を分別し、優れた知性で助ける森の女王アニエルタニス。
誠実に友として側に居てくれた混沌王ヒルコ。
この5人の助けがあったこそ、最後まで走り抜く事ができたのだ。
「――ありがとう。そして、ごめんなさい。」
完成した最後のダンジョン、セントラルダンジョンに女神の力を溜め込み、ダンジョンの動力となる核を設置し終えた後、狐神は頭を下げた。
「ヨミ様も驚いていたけど、テラ様があそこまで底意地が悪いとは思わなかったの……。」
広場で太陽神と出会い、挨拶を交わした時から、その熾烈な嫌がらせは始まっていた。
まず、太陽神の部下たちの間に、狐神がとんでもない悪人だという噂が広まった。
新しいプロジェクトに対して、賞賛や感謝を寄せていたはずなのに、その後から急に陰口を叩かれるようになったのだ。
「……狐神ってのは、とんでもない悪神なんだってよ……。あの太陽神様に嫌がらせばかりしているらしい……。」
次に、神々の会合に参加すると、自分の席が無かった。席が無いので会合を辞すると、今度は猛烈なお叱りが飛んできた。
「……何故、会合に参加しない!? みんなと一緒に活動できないというのか!?」
大勢の神々の前に呼ばれ、これ見よがしに叱責される。太陽神の前で、1時間、2時間……。いつの間にか、会合は解散されて、その場には三大神と狐神だけになっても、それは続く。
頼みの月神は、海神に抑えられて、助けに入れない。ただただ、太陽神から理不尽に叱責され続けるしかなかった。
月神を始め、狐神に味方しようとするものは確かにいた。確かにいたのだが、いかんせん三大神の2柱の力が強すぎた。
そうなれば、狐神に助け船を出そうとするものは、何も出来なかった。下手をすれば、火の粉が自分に降りかかりかねない。
しかも、いつからか月神には、常に海神が見張りとして付き纏うようになった。そうなれば、月神が狐神に近づくことは難しくなってしまった。こうやって太陽神と狐神の間には、そのやり取りを咎められる存在は無くなってしまったのだ。
「――あの悪神は、よく太陽神様の前に出られるものだな。」
狐神にわざと聞こえるように話す太陽神の部下たち。
(……私だって、太陽神になんか会いたくないわよ。でも、用事もないのに呼び出してくるんだから、しょうがないじゃない!)
太陽神は、新しいプロジェクトの進展具合を報告せよ、と何度も狐神を呼び出しては叱責した。
太陽神の名の下に進められているプロジェクトである為、あくまでも、使えない無能の狐神に太陽神が仕事を任せている建前になっているのだ。
「――せっかく新しいプロジェクトを任せているのに、上手くやれないなら辞めてしまえっ!」
太陽神についた嘘を逆手に取って、いつからか、全ての成功が、太陽神の功績として話が進むようになった。
こうなると、仕事を命じた上司と、任せられた部下の関係でしかない。例え、狐神がうまくプロジェクトを進めていても、太陽神の名声は上がるが、狐神の名声はほんの少しだけ。
しかも、叱責は止まず、太陽神に怒られる狐神は、周辺からも無能な神扱いになっていった。
「――なぜ、ウカ様があんな目に合わないとならないのだ!」
義侠心に厚い吸血鬼王が叫ぶ。
しかし、この後、さらに酷い事態が進んでいく――
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