聖人と凡人
『聖人をもって我が身を正 すべし、聖人をもって人を正すべからず。凡人をもって人を 許すべし、凡人をもって我が身を許すべからず。』
つまり、厳しい基準で己を律しなくてはならない。しかし、厳しい基準で他人を律っしてはならい。そして、緩やかな基準で他人を許すべきである。しかし、緩やかな基準で己を許してはならない――
月神は、自分に言い聞かせるように、この言葉を繰り返した。
どんなシチュエーションであれ、自分以外の者と付き合いがあれば、大なり小なり、問題が起きるもの。
さすがに前述したような、聖人を題材にした言葉の領域にまで達観せよ、とまでは言わないのだが、それでも、やはり、自分を厳しい目でみて律する必要はあるだろう。
月神は、今回の『試練のダンジョン』プロジェクトについて、狐神を利用した。
太陽神の部下であった事、本気で滅びようとしている種族たちを救おうと考えていた事、そして、実際に行動していた事。そんな彼女の姿をしばらく見守り続けた結果、彼女であれば、きっと新しいプロジェクトをやり遂げてくれると確信したから。
利用した、と言ってしまうと、まさに謀略、といったイメージに取られてしまうかもしれないが、月神自身は、世界を救い、太陽神の名誉を守り、海神の目を覚させ、さらに、狐神を犠牲にするつもりなどなく、彼女を守り抜くつもりでいた。
しかし、予想以上に太陽神の怒りが大きい。
しかも、身内ともいえる月神には、怒りの矛先は向かわず、すべて実際に行動している狐神へと向けられてしまった。
月神は、最初こそ太陽神と海神に黙ってこの作戦を実行したが、ある程度の成功が確約されれば。2人に頭を下げて許しを請い、納得してもらう腹づもりであったのだ。
絶対神、三大神と云われ、まさに聖人である2人である。ちゃんとわかってもらえる、そう思っていたのだ。しかし、それは身内贔屓……。あまりにも甘く考えていた事に気付かされる。
――テラは、自分自身の間違いを間違いとして認めなかったのか……
自分で気づくのが最善。
もし、自分で気付けないのであれば、他人に気づかせて貰えば良い。
しかし、他人に間違いを教えてもらっても、それを受け入れて反省しなければ、それは気づかない事よりも最悪である。
太陽神は、今回、その最悪な行動をとってしまったのだ――
♢
「――ウカっ! ウカはいるかっ!」
月神は、太陽神の名を語り、勝手にプロジェクトを進めたとして謹慎となった狐神を尋ねた。
「…………。」
テラを囲む使徒たちから、冷たい視線が月神へと向けられた。
「……すまなかった……。ウカ、お前を利用する事になってしまって……。まさか、テラがあそこまで情けない女神にまで落ちてしまっていたとは……。」
ウカは、しっかりと役割を果たした――
苦労して作物を育てる喜びを説き、しっかりと田畑を耕し食物を得る習慣を歴史に思い出させた。
野生の動物を狩り、危険な命のやり取りをして食物を手に入れさせる事により、逆に命の尊さを歴史に思い出させた。
命の尊さを思いださせた上で、家畜を育て、その命に感謝する事を歴史に思いださせた。
人と人、種族と種族、お互いの命を尊重する事を説き、協力しあう事を歴史に思い出させた。
最後に、『試練のダンジョン』を作り出し、姿形こそ違えど、この世界を構成する仲間としてお互いに争わず、『魔物』という共通の敵を作って挑戦させた。
そして、自分たちが成長していく事の喜びを思い出させ、また、苦労して自分たちを鍛える環境に身を置かさせた。
さらに、日々の行いを反省し、自らを律する為、日頃の行いによって才能を授けられるシステムを作った。
長命種のように一度の人生で成長を経験できない短命種の為に、才能を授かるシステムは、その輪廻のサイクルにも影響されるように調整した。
これらは、ウカ一人でやりきれるものではなく、その周りに集まった使徒たちの協力があってこその成功である。
論理の形成から、やり方まで、森の女王アエテルニタスの頭脳が存分に発揮されたし、長命種の王である吸血鬼王ブラドや氷狼フェンリルが、自らの経験を説いてまわって納得させ、古竜王ゴズ達、4大竜が試練の挑戦を受け続けるという役を完璧にこなしてくれた。
カオススライムのヒルコは、ウカの分身として各地に赴き、ウカの演説をその身を通して伝える役割を果たしたし、輪廻の仕組みに至っては、月神ヨミの力である。
こうやって、『楽』プロジェクトが開始されてから数千年……。停滞し、滅亡へゆっくりと進んでいた歴史を、『太陽神テラの名の下に』変革したのだ。
勿論、新しいプロジェクトを説いて周り、成功させた豊穣神ウタの名前は知れ渡り、感謝を一斉に集め、崇められた。
だが、あくまでも『太陽神の名の下に』このプロジェクトはやり遂げられた事になっており、そのおかげで、先の『楽』プロジェクトの失敗には目を向けられず、太陽神への賛美は、以前にも増し、崇め奉られたのだ。
月神は、上手くまとめ上げた、と思っていた。
太陽神の名に傷をつけず、世界の停滞を解いたのだ。長い長い失敗の歴史を正す事ができたのだ。
しかし、太陽神は納得しなかったのだ……。
ここから執拗な嫌がらせが始まる――
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