心の内
「――テラ様。私は、この後、試練のダンジョンを維持するために、ダンジョンの核となってその魔力源となります。」
狐神は、ヒステリックに叫ぶ太陽神を見てから、急にしっかりと話し始めた。
散々意地悪された相手にも関わらずだ。
「元々、テラ様の『楽』プロジェクトの第二段階としての『試練のダンジョン』ですから、私はその維持に務めたいと思います。」
太陽神のあの情けない姿を見て、理不尽に諫言を遠ざけ、自分の思う通りに世界を動かしてきた女神とはこんなものかと思った。
イジメっ子、身体ここに谷まる、という奴か。
「――ぜひ、この先の世界の安寧を、テラ様のお力でお守りください。」
世界の頂にいる絶対神であっても、情けなくも自分の失敗を認めて謝ることもできないなんてね。そんな相手になど、表向きにはその存在に遜っていたとしても、内心では舌を出しているものばかりであろう。
「――我が身は、世界の発展、安寧の為に――」
ウカは、悲しい顔をしてはいた。だが、実際にはいじめっ子に勝った、いや負けなかった自分を称賛していたのだった。
(――いじめられっ子、世に憚るってね。)
♢
世界の停滞。
知らなかった。
いや、知っていたが、知らないフリをしていた。
それはそうだ。だって、たくさんの種族の王や長が意見をしにこの神殿を訪れていたんだもの。
月神も何度も来ていたっけ。でも、海神が追い返していたな。
あれ、そういえば、あの狐の小娘も何度か来ていたような……。なんか、生意気な事言って、海神にボロボロにされていなかったっけ?
「――やるじゃないか、テラ。君がプロジェクトの第二段階を考えていただなんて。おかげで、世界は停滞から脱出できる。」
何をいけしゃあしゃあと……。
私が考えた事ではないことはわかっているくせに……。
ん……!?
もしかして、狐の小娘に入れ知恵したのはヨミじゃないの!? そうだよ、初めてあの小娘がやってきた時、月神が連れてきたんじゃない!
くっ!? くそっ!? くそっ!?
太陽神は、自分たちが知らないままに、月神の悪巧みに組み込まれていたのだ。
太陽神が神殿から出ずに諫言を避けていた事を逆手に取って、太陽神の名前を使い、『楽』プロジェクトを先に進めると狐の小娘に触れまわらせたのだ。
「――ありがとう、テラ。これで世界は救われる――」
――!?
月神の物知り顔に、急激に血が頭に登った。
太陽神の顔が真っ赤になっていく。
それに気づいた海神が月神の襟首に掴みかかった。
「――ヨミ!? お前、テラに何を話した!」
片腕で月神の身体を持ち上げ、睨みつける。
「……スサよ、なにを勘違いしてる? あの民たちを見てみよ。太陽神の新しいプロジェクトと聞いて、喜んでいる民たちを……。」
ギリギリと歯を軋ませる太陽神を横目に、月神は海神に話しかける。海神は、その話の意味が理解できず、混乱して手を離した。
月神は見事に着地すると、よくわからないでいる海神にわかりやすく説明する。
「スサよ、テラはな、お前が気づかない所で、あの狐神の娘に、新しいプロジェクトを進めるように申し付けていたのだよ。」
海神は間の抜けた顔で太陽神の方に振り返る。
「テラは、『楽』プロジェクトで救えなかった者たちを、新しいプロジェクトで救おうというのだ。さすが太陽神、世界の繁栄を司る神だね。」
すでに月神の掌の上。太陽神の名の下に広げられた新しいプロジェクトは止められないだろう。
もし、プロジェクトを止めようものなら、『楽』プロジェクトから始まる失敗が大きく民に認知され、広まり、太陽神の評判は地に落ちるだろう。
「テラよ、お前の名は、ますます尊敬され、敬われることだろう――」
悔しい……悔しくて、文句を言いたいが、ここでは口を出せない。いやらしい事に、この新しい賞賛は、発案者にされている自分にも向けられているのだ。
いつからか、とんでもなく高くなったプライドが、自分に向けられる賞賛に対する愉楽と、自分を貶めた憤激を秤にかける。
その天秤は、この場では愉悦を優先してしまった。
悔しい。本当は悔しいのだ。なのに、皆からの賞賛が、皆からの感謝が、天秤を自分の愉悦の感情を優先してしまうのだ。
「……どうってことないわ……。」
認めるでもなく、でも、自分の功績として受け入れる。この選択をした時点で、月神の策略に負けてしまった。
もっと言えば、忌々しい狐の小娘を認めてしまったのだ。
「テラ様、この新しいプロジェクトを認めていただき、ありがとうございます。」
そこに、その忌々しい狐の小娘から、これみよがしに感謝の言葉が掛けられた。
怒髪天を衝くとは、この事か……。
ここからだった――太陽神から、狐神へ憎悪が向けられたのは。
実際に、この策略を考えたのは月神かもしれない。しかし、身近な家族のような存在よりも、自分の部下で、しかもほとんど関わりのない狐神には、全くといって参酌の余地はない。
ならば、この怒りは狐の小娘にしか向けようがない。
自分が悪い? そんな事は関係ない。
さあ、狐の小娘よ。私の憎悪、しっかりと味わうがいい――
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