認めたくない
「テラよ、この度の一件、ウカからの提案を受け入れて、納めてはもらえまいか。」
月神からの再度の呼びかけに、太陽神は、また扉を少しだけ開けた。そして、そこに月神に連れられた狐神を見ると、また10cm程扉を開き、太陽神は顔だけを覗かせた。
「……テラ様、私はテラ様を貶めようなどという考えは微塵もありません。テラ様に遣える者として、同じように世界の安寧と豊穣を願っております。」
両の拳を握りしめて、やや俯き加減に話す巫女姿の少女。理不尽な言い掛かりに抵抗できず、上手くこの場をまとめて、悪い情勢をやり過ごしたい。
明らかに強い立場の相手に、その失敗を認めさせることは難しかった……。
もともとは、自分自身も善かれと思って行動したのだが、それが、まさか神々の中でも一番上位の存在の逆鱗に触れるとは……。
まさか、崇高な存在である三大神の1柱が、間違いを認めようとしないとは……、思ってもみなかったのだから――
♢
「……最近、みんな静かすぎない?」
太陽神は街や村を眺めていて、ふと疑問を口にした。
いつも賑やかに人で溢れていた市場や、人の集まる広場。どこを見ても閑散としていて、活気などまるで見られない――
それはそうだろう。
神に願えば必要な物が簡単に手に入るのだ。物流の中心である市場に物を求める必要はない。
必要な娯楽も簡単に手に入る。人同士で何か情報を仕入れたり、創作する必要はない。
つまり、人同士が交流する必要が無いのだ。
作り出す必要がなければ、人は考える事をやめてしまう。
人と会う必要が無ければ、やはり人は考えることをしない。
すでに、人々は停滞していたのだ――
♢
「「テラ様……、この『楽』プロジェクトなるもの、中止してはいただけませんか――」」
ある時、複数の種族の長が太陽神の下を訪れて懇願した。
「「このままでは、我々一族は滅んでしまいます……。」」
何故か、幸せを享受していたはずの者たちから、まさかのプロジェクトへの中止要請が陳情されてきたのだ。
「――何が不満なのですか? みんな、不自由のない生活を送れるようになって、幸せなのではなかったのですか?」
太陽神は本気で不思議に思っていた。
だって、不自由なく生活出来るはずなのに、種族が滅びるなんて、そんなことある?
「今、この時だって私の名前を呼びながら、欲しいものリストがどんどん送られてきてるわ。あなた達は、欲しいものが無くなったの?」
そう、絶えることのない欲求。
物資を求める者たちの声は絶える事なく聞こえてくる。ただ……、
「――ただ、みんなの声が、ゆっくりと聞こえるようになったのだけど、そのせいかしら? 」
覇気が無い?
ボーっとしたような、ヌーっとしたような?いや、ヌメーっとしたような声かしら……?
『気持ち悪い声』が増えているように感じてはいる。
しかし、それが種族が滅びるなんて物騒な現象の現われとも思えなかった為、太陽神は、その『気持ち悪い声』について考える事をやめてしまった。
「なんだお前たち! テラのやる事に、なんか文句あるのか!?」
困り顔で陳情を聞いていると、長たちの後ろの開け放たれた扉から、大きな声が聞こえてきた。
肩で風を切るようにテラの神殿に入ってきたのは、海神スサ。その筋骨隆々、大きく逞しい身体から怒気を発しながら、長らを威嚇している。
(……やだわ、野蛮な弟がなんのようかしら……。)
太陽神は、三大神の長女と自負している。
その末の弟とも言える海神の事を、乱暴で野蛮な男として、実は嫌悪していた。
(……この子が来ると、まともに話が聞けなくなるのよね……。)
太陽神は心の中で舌打ちした。
「――スサ、静かにしてね。今、長たちからの陳情の内容について、今、考えているところなのよ。」
「陳情だとっ! お前たち、誰のおかげで幸せを享受できてると思っているのだっ! テラが常にお前たちの願いを聞き届けているからだろうっ!」
海神は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
こうなると、太陽神か月神くらいしか、この男神を止める事はできない。しかし、太陽神は海神を止める事はなかった。
(……うるさい……。でも、ほんとそれよね。こんなにも感謝の言葉が聴こえているのに、その感謝されているプロジェクトを辞めろだなんて……。)
太陽神は、穏やかな笑顔とは裏腹に、心の中では顰めっ面をしながら悪態をついていた。もし、その内面を見る事ができたら、それはとても醜悪な姿であっただろう。
万人から慕われている女神としては、絶対に見せられない姿である。
「テラに感謝を伝えに来たというならわかるが、文句を言いに来ただなんて……、お前たち、俺に喧嘩を売っているのか!?」
海神の怒りを恐れ、長たちは慌てて太陽神に会釈をして帰って行く。
(……もう……、スサのせいで肝心の理由が聞けなかかったじゃない!?)
太陽神は、先程までは心の中でだけに留めていた悪態を、とうとう表に出してしまった。
その表情からは彩が抜け落ち、海神を見るその目は厳しく、眉間にシワを寄せて睨め付けていた。
邪魔者を追払い、満足して大笑いしている海神は気づいていないが、周りに居た太陽神の配下たちは、その普段見せない女神の恐ろしい表情に震えが止まらないでいた――
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