古竜王
「――どう考えても、太陽神の要求は理不尽だろう。月神、海神に訴えて、なんとかとりなしてもらえないのだろうか……。」
その長い首を持ち上げ、古竜の王、ゴズが低い声で唸る。
その大きな身体と、燃えるような紅い鱗とは裏腹に、この古竜はとても心優しい王である。
元々個体数の少ない古竜という種族も、4大竜と呼ばれる、真紅、深青、爽緑、濃銅の鱗を持つ4体のエンシェントドラゴンを残して、滅亡の憂き目にあった。
それぞれが強力な個体であり、群れを維持しなくともその存在を脅かすような相手はそうそう居ない。
そんな最強種の一角である古竜たちは、実は努力せずとも強くなれる事で、すでに慢心が始まっていた。
そこに、追い討ちをかけるかのように、太陽神の『楽』プロジェクトが始まり、ますます慢心は強まった。なんと、動くことすら無駄だというとんでもない考えが蔓延してしまったのだった。
全く動かずとも、その身体に傷を負わせることのできる存在も少なく、ましてや『楽』プロジェクトのおかげで生活に困らない。そんな状況は、堕落への道に真っしぐらとなってしまう事は、必然でもあったのだ。
特に強力な力を持つ、4大竜にとっても、『楽』プロジェクトの影響は大きく、日々の暮らしは贅沢を極め、堕落した人生を歩むかと思われた。
しかし、ある時から、竜という存在を倒すことによって得られる称号=「ドラゴンスレイヤー」を目指す敵対者が増え、戦いを挑まれる日々が続くようになる。
無気力な日々から、命を狙われる日々に代わり、勿論、弱小種族相手の煩わしいものではあったが、何も考えない日々よりも刺激的なものになっていった。
――何故、急に命を狙われるようになった?
古竜たちは、返り討ちにする相手が増えるほどに最強種としての自信とやり甲斐を取り戻していく。
そして、この現象が始まった原因が豊穣神ウカの唱える、「『楽』を捨て、自らに『苦』を与えよ」という言葉から始まった事を知る。
最初は余計な事を……と、腹立たしい気持ちで豊穣神の言葉を馬鹿にしていた。しかし、生来の負けず嫌いである4大竜が、襲ってくる相手に負けぬようにと、競うように自らを鍛えるようになってから、この豊穣神の言葉の意味が、ストンと腑に落ちたのだ。
――あぁ、我々は成長している
戦いに明け暮れる日々ではあったが、勝ち続ける事への慢心よりも、もっと強く在りたい。最強種たる竜の力を誇示したい。そんな気持ちが4大竜たちに活力を与えていたのだ。
ある時、深青の古竜が言った。
「――我々に戦いを挑んでくる者たちが増えたキッカケとは、なんなのだろうな。」
爽緑の古竜が答えた。
「――なんとかという女神が、どんどんその身に試練を与えるべきと呼びかけているらしいぞ。」
濃銅の古竜が怒る。
「――なんとも理不尽な話じゃないか。そのせいで我々が襲われるだなんて。」
真紅の古竜が笑った。
「――いいじゃないか。おかげで無気力だった日々から抜け出して、我々は成長できている。」
♢
「我々は元から滅びゆく存在でありました。しかし、ウカ様、あなたなおかげで自分たちに何が足りなかったのかを知る事ができました。」
ゴズは、4体しかいない仲間たちと共に、豊穣神ウカと共に間違っていることを正す手伝いをしてきた。
それは、絶大な力を持つ絶対神と、その取り巻きとの戦いでもあった。
北で新しい考えを説けば、邪魔をされる。
南で滅びゆく種族を救えば、悪口を言われる。
東で仲間を増やせば、脅して離れさせられる。
西で間違えを正せば、罪を被せられる。
こんな事を繰り返しながらも、滅びのスパイラルを止め、生き残る種族を増やしていく女神の努力に、尊敬の念を持つようになっている。
しかし、頂点に立つものが自分の間違えを認めず、謝る事を知らないと、その周りの者たちはその責任を弱い立場の者になすりつけ始める。
それこそが今回の豊穣神への仕打ちに他ならない。同じ立場の三柱でさえ、見てみぬふりを決め込んだのだから。
「――海神はともかく、月神ならば、ウカ様が太陽神に対して悪意などないと口添えしてくれるのではないか? 月神は、何かとウカ様の事を気にかけてくれていただろう?」
ゴズは、何度もウカの元を訪れ、その行いをサポートしてくれていた月神はならば、ウカの事を助ける為の口添えをしてくれるのではないかと考えていた。
「……私もヨミ様ならば、とも思ったのですが……。あまりにもテラ様の腹心たちの手回しが巧妙すぎて難しいみたいなの。」
ゴズは首をすくめて豊穣神を見つめる。
「……私が、テラ様がやろうとしたプロジェクトを自分の考えとして語り歩き、テラ様の功績を盗みとったのだと……。」
なんという事だ……。
自分の失敗を棚に上げ、その失敗を正してくれた部下を扱き下ろし、さらにその功績を掠め取った上に、罪をなすりつけて罰を与えるなどと、そんな事許せるわけがないはずなのに。
それなのに、同等の力を持つ存在も、その事に気づきながらも口を出さないなんて……。
「……だからね、なんとかこのシステムを維持する為だけに、私が魔力源になりたいとヨミ様にお願いしたの。そうじゃないと、せっかく上手く回り始めたシステムも、嫌がらせに止められちゃうかもしれないから。」
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