吸血鬼王
その男は、ウカに忠誠を誓った――
マントを被った白髪、赤瞳の男。
ヴァンパイアロード、吸血鬼王プラド。
不死の集団であるはずの吸血鬼族が、多種族からの攻撃によるのではなく、自ら生きる希望を無くして滅びるという、俄には信じ難い事が起こった。
一族を率いていた王ブラドは、王として仲間たちを救う事ができず、責任を大きく感じていた。
失意のどん底に叩き落とされ、生きた死体のように成り果てていた彼は、意欲を失い自ら滅びた仲間たちを一人ずつ葬りながら、何故こうなったのかを考え続けていた。
そんなある日、豊穣神ウタが唱えた「『楽』を捨て、自らに『苦』を与えよ」と世界に呼びかけている事を知った。苦労せよとの言葉に対し、意味がわからなかった彼はその本人に直接意味を聞きに向かった。
「――なぜ、あなたは『楽』する事を捨てよと言うのか? 苦労せずに生きられる方が幸せではないのか?」
すると、その女神は見ず知らずの男からの突然の質問にも関わらず、丁寧に答えてくれた。
「――あなたは、王としてその責務を果たすために考え、働き、苦労を重ねてきたでしょう? その積み重ねが、あなたを立派な王として成長させたのです。なんの苦労も無しに成長する事などありえないのですよ。」
ブラドはしかし――と、自分は立派な王となろうと努力してきたが、自分が守るべき民を守る事が出来なかったと答える。
「――それは不幸なことでしたね。あなたは民に優しすぎたのですね。あなたは、自分自身にだけには苦労を厭わず、民には苦労をさせなかった。それが民の成長を妨げ、意欲を削ぎ、生きる意味をも無くしてしまったのでしょう。」
ブラドは吐き出すように、女神に問うた。
「……ならば……、ならば私はどうすれば良かったのだ!? 民の為に何をしてやれば、皆を助ける事ができたのだ!?」
女神は、自分の倍ほどの背丈なのに、跪いて頭を抱えて小さくなっている男に近づき、その頭を撫でながら諭した。
「――一緒に苦労を分け合えば良かったのですよ。一人の犠牲だけで他を支えるのではなく、皆で努力し、成長していけばよかったのです。」
ブラドは雷に撃たれたかのような衝撃が走った。
守るべき民を頼るべきだった?
一緒に苦労するべきだった?
今まで考えた事もなかった女神の発想に、困惑した。
「だって、あなたは努力する事で成長した。もっと良い王になろうという意欲を持ち続けた。だからこそ、滅び行く種族の中で生き残れたのですよ。」
民を安んじようとするだけではいけなかった?
その為に努力したというのに?
民にも、意欲を持たせなければならなかった?
一緒に苦労させるべきだった?
今まで考えてきた事が、逆に民の意欲を減らし、堕落への道を助長してたというのか……。
「意欲を持ち続けたあなたが、生き残っていることこそが、証明です。」
太陽神が行った『楽』に生きられるシステムが、種族を滅びへと向かわせた。
そして、その『楽』を享受できる環境に甘え、自分自身も民を導く事が出来なかった。
ウカに諭され、自分の王としての振る舞いの間違いに気づき、また、『楽』だけをする事の愚かさに気づいた時、この女神がやろうとしている事の本質を理解する事ができた。
それ以降、ブラドは、配下としてウカに付き従っている――
♢
「ウカ様っ! あなたは、王として民に協力を求めなかった私に、一緒に苦労を分け合えば良かったのだと教えてくれたではないですか!!」
ブラドはウカと出会ったばかりの頃の話を思い出していた。
今、ウカはかつて失敗した自分と同じ失敗をしようとしている。その失敗に気づかせてくれた本人がだ――
「私たちは、あなたの苦労を一緒に背負う覚悟で今まで付き従ってきたのです。今更、あなた一人が人身御供になるなと、私は認めません!」
巫女姿の少女は小さな身体をますます小さくしている。少女自身もわかっているのだろう。困ったような顔をブラドへと向けた。
「ありがとう、ブラド。でもね、あの方に不況を買ったのは私。あの方は、私が嫌な思いをしないと納得しないでしょ。あの方は本気で私があの方に嫌がらせをしたと思ってるんだもの……。」
思い込み……、いや、おそらく本当に思っている……。世界のトップであり、天上人である神が、自分が正しい、自分が全て、そんな考えを持っているとしたら、なんと恐ろしい事だろうか。
もし、自分の失敗すら認めない、間違っていても謝らない、そんな存在を相手にした時、弱い立場の者はどうしたら良いのだろう。
――泣き寝入りするしかないのか……
ウカの話を聴きながら、誰からも咎められない、他に見られている事すら気にならない、そんな存在は最早正義ではない――悪だろう……
「――人に見られている事を忘れたら、ダメよね〜……。ましてや、正しく皆んなを導く立場のも存在なんだからね……。」
ウカの言葉が虚しく響く。
「見てくれてるはずのお天道様が、見られている事を忘れちゃってるなんてね……。」
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