連鎖①
森の女王に、訝しげに視線を向ける者がもう一人。
同じ研究者として、ライトはアエテルニタスが、どうしても気になってしょうがなかった。
泰然自若――
研究に対しても一喜一憂しないその姿は、長い時間を生きるハイエルフという存在が、何度でもやり直せる時間を持っているが為。
それを忍耐の賜物と呼ぶか――
我が身に置き換えてみれば、成果を認めてもらえない悔しさが、焦りを呼び、孤独へと向かう。そんな経験がある故に、アエテルニタスがああも淡々と物事を進めていく姿に疑問を感じていた。
その何度でもやり直せるという、焦りの無さが、楽を求めて進化を止めた種族の滅びに繋がったという氷狼の話に重なり、進歩を求めるが、進化ができてないアエテルニタスが、自らは気付けていない弱点なのだろうと確信できた。
しかし……
「――凄いよ、凄い! 君たち凄いね!」
大笑いしているアエテルニタスが……、自分の予想以上の成功に喜ぶ姿に、先ほどまでとは明らかに違った変化を感じた。その変化とは、進歩、果ては進化に通じるのか。歴史が動くというのは、実はこんな小さな変化から始まるのではないか……。
――歴史とは、変化……転換点の繰り返し。長い長い歴史に身を置く者と、刹那の時間しか歴史に身を置けない者。どちらが、歴史の重要な転換点になりえるのだろうか……。
異端の歴史学者は、興味の尽きない話だ、と、そんな思いを胸に仕舞い込み、また、歓喜の輪に戻っていった。
♢
アエテルニタスは、上機嫌だった。
それは、自分が想像した通りの結果が出た為か。
それとも、自分が想像しもしなかった結果が出た為か。
そのどちらもがアエテルニタスにとっての喜びとなり、笑顔を作り出していた。
元々、成功すれば上々、失敗してもデータが取れる。そんな心持ちでの実験だった訳だが、上々どころか、想像以上の結果が出た。
機械人形が、魂に合わせて変化する――
そういう仮定で作った機械人形ではあったが、所詮は机上の空論。実際に人の魂など、そうそう封印できる機会などあるものではない。
だいたいにして、魂というものが、実際に見えるわけでもなく、あるとは想像できていても、今回のように【障壁】の殻にでも覆われていなければ、見る事などできなかったであろう。
ヒロとアリウムという、二つの魂を1つの身体に宿し、【障壁】を作る事ができる才能があり、たまたま魂が殻の中に引き籠るなんていう、俄には信じ難い事象が目の前に発生した。
こんなたまたまなど、長い歴史の中でも一度も発生しなかった。それも、アエテルニタスの目の前で。
――幸運
100回、1,000回、10,000回と同じような実験をしても、たった1回の、今回のようなたまたまでしか成功し得ないのだろうか。それでは、幸運が舞い降りなかった、それ以外の実験が無駄という事になるのだろうか?
アエテルニタスの頭には、一瞬こんな考えが過ったが、この際どうでも良い。せっかく幸運が実験を成功させたのだ。私が完璧に使ってやろうじゃないか――
「――やぁ、お喜びのところ、申し訳ないのだけど……、」
歓喜の輪に近づいた彼女は、今回の成功作の機械人形に向かって宣言する。
「私の名前はアエテルニタス。ヒロ君と言ったね……、」
先ほどまでの嬉々として喜んでいた彼女は、また能面のように張り付いた笑顔に変わる。
「君には、私の為に……、いや、ウカ様とヒルコを助けるために働いてもらわなくてはならない。」
仲間たちがアエテルニタスの方へと顔を向け、今回の成功作も顔をあげ、驚いた表情を彼女へと向けた。なんという事だ。この機械人形は、表情までしっかりと作り出せるじゃないか。
「ふふっ、君は私にとって、今の所、最高傑作……。そう、もしかしたらこれ以上の幸運はもう訪れないかもしれない……。」
今までのアエテルニタスなら、こんな事は言わなかったかもしれない。
だって、悠久とも言える時間に身を置く者として、何度でもやり直せる。何度でも失敗できる。そう思っていたから。
「――君以上の作品は、2度と作り上げられないかもしれない……。」
この幸運は手放してはならない。
大成功すぎる大成功が、アエテルニタスから消えかけていた欲を復活させたのだ。
「神代の世界から続く、悲しい連鎖を終わらせる。さぁ、私の手を取って……、可哀想な友人を助けるために、一緒に戦っておくれ……。」
彼女は右手を差し出して、機械人形との握手を求めた。その張り付いた笑顔は、冷たい印象のまま。しかし、僅かに紅潮しているようにも見えた。
変化からの進歩――そして進化
止まっていたアエテルニタスの時間が動き出した。滅亡した数々の長命種たち同様、使徒となっていなければ彼女も滅びへと向かっていたのかもしれない。しかし、
――失敗したくない!!
活発になった狐憑きの活動。
歴史に突如あらわれた2つの魂を持つ少年。
全ての使徒と使徒とを点から線にした冒険者。
そして、新しい可能性を秘めた機械人形。
彼女が忘れかけていた成功への欲と、数々の幸運が重なったといえるこの状況が、長い間、停滞していた歴史を動かす。
この手で、成功を掴み取る。
森の女王は、忘れかけていた『欲』が、自分を突き動かしているのを感じていた――
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