スーツの男
「ふふふ……くっくっく……、」
壁に寄りかかり、機械人形=ゴーレムへと語りかける仲間たちの様子を見ていた森の女王は、とうとう笑うことを我慢できなくなった。
「――あ〜っはっはっ――!」
自分でも理解できないが、何故か笑いが止まらない。面白いわけでも、馬鹿にしてるわけでも無いのだが、もう笑いが止まらなかった。
「――凄いよ、凄い! 君たち凄いね!」
手を叩いて騒ぐハイエルフを横目で睨みながら、ソーンは姿の変わった機械人形を抱きしめた。
「……ヒロ君……、いえ、ヒロさんて呼んだ方が良さそうね。」
上半身を起こし、周囲を見まわす。
男は、罰の悪そうな表情で頭を掻いている。
紺色のスーツにワイシャツ、ネクタイを締めている。
身長は170cm程で、意外と引き締まった身体。ストレートの黒髪は耳にかからないように切り揃えられている。前髪は自然に下ろされているが、目にかからないような長さ。
美男子とはお世辞にも言えない、中年のサラリーマンが、そこに座っていた。
「……やぁ、みんな、ご迷惑をおかけしました。」
スっと姿勢を正し、その場に正座すると、周りを囲む仲間たちに向かい、両手をついて頭を深く下げた。
「……こんな俺なんかの為に、こんな情けない俺なんかの為に……。力を尽くしてくれて。みんな、ありがとう。」
男は床に額がつくほどに、頭を下げ続ける。
「……でもさ、これって……、この身体って、もしかして生まれ変わる前の姿なのかな? てことは、みんな初めましてが正解になるのかな?」
頭を上げ、困ったような引き攣った笑顔で、また頭を掻く。今まで少年の姿だったのに、目覚めた今は中年のサラリーマン姿。
騙していた訳ではないし、実際、アリウムと入れ替わって冒険者として活躍していたのだから、引け目を感じるのは可笑しいのだけど。
「……なんか、隠していたわけじゃないんだけど、このおっさん姿が俺の本来の姿なんだ。ちょっと引くよな、自分たちのリーダーがこんなおっさんだなんて……、」
「――ふふっ、何を言い出すかと思えば――」
ソーンは、満面の笑みを称えながら男を抱きしめた。
「――おかえりなさい、ヒロさん――」
一瞬の沈黙。
そして、一気に感情を爆発させた。
ナミも、ナギも、アメワも、ギースも、ハルクも、ヒルダも。一斉に男とソーンを抱き込んで喜びを爆発させたのだ。
笑顔も、涙も、歓声も、全部ごちゃ混ぜに、それは、すでにこの男の情けない愚行を許している証拠だった。
♢
「――魂の定着が成されると、こうまで機械人形に変化があるとは、これは凄い発見だ。」
森の女王は、いつの間にか手にしたペンで、夢中になってメモを書き殴っている。
その表情は歓喜に溢れ、いかにも今回の実験が大成功だったと、心の声が外に溢れるくらいに。
「――これなら、ヒルコに身体を与える事もできるんじゃないか。しかし、あいつのスライムの身体は元々不定形だから……、」
彼女は、長い年月、機械人形=ゴーレムの研究を続けてきた。それは、偏に豊穣神ウカを助ける為。裏切り、ウカの身体に取り憑いた使徒、カオススライムのヒルコを機械人形を使って封印する為……。
「――今回と同じ要領で、機械人形にヒルコの本体を封印できれば、あいつも自由に……、」
あくまでも、目的はウカを救う為の方法のはず。
しかし、森の女王から吐き出される独り言には、ヒルコという名前が何度も繰り返し発せられていた。
ヒルダは、特別製の機械人形に戻るべく、いち早く歓喜の輪から抜け出していた。その際に聴こえてきた、壁際で嬉々としてメモを取り続ける森の女王の独り言に対して、不思議な違和感を覚えた。
勿論、ウカに取り憑いていのがヒルコなのだから、その名前が出てくるのはおかしくはないのだが……。
「――ヒルコ、もう少しでお前を助けてやれそうだ……」
その違和感は、先程まで仮面のように張り付いた笑顔ではなく、感情が剥き出しになったような恐怖を感じるような笑顔にも感じられた。
あれほど、理知的で、絶世の美貌を備えたハイエルフが、今は自分の考えに夢中で、目を地走らせて笑っている。これは、まさに狂気ともいえるのではないか。
長い長い年月、目的を果たすために研究してきた成果が、やっとの事で形になろうとしている。
しかし、その溢れ出す狂気が、ヒルダには恐ろしく思えた。
「――しかし、問題は魂ではなく、ヒルコの本体を封印した場合、同じように変化するのか……、」
ヒルダは静かに自分に与えられた機械人形の中に戻った。そして、そのまましばらくの間、森の女王の独り言に耳を澄ませていた。
「――やはり、まだまだ考察と実験が必要だな。ふふっ、これはまた眠れない日が続きそうだ……。」
ヒルダは、研究者としての森の女王は、ヒルコを機械人形に封印し、ウカを解放することが研究の最終目的だと、勝手に考えていた。サムから聞かされていた話もそうであったし、当然そうなのだと思い込んでいた。
しかし、森の女王の口から漏れる言葉からは、ウカを案じているというよりも、むしろ裏切り者のヒルコを助けたい、そう感じられる。
ヒルダは、消化できないこの思いを、どうしたらよいのか。機械人形の中で、考える。
「――どうしたらいいかしら……。」
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