克己復礼⑤
何故かアエテルニタスは笑いたくなった。
自分の目の前で、機械人形=ゴーレムに向かって必死に呼びかける面々を見ながら笑いたくなったのだ。
それは、けして馬鹿にして笑いたいのではない。
ただなんとなく、自分の考えていた通りに進まず、全く違うシナリオを作り出した者たちを見て、嬉しくなった? いや、楽しくなったのか?
自分でも理由はよくわからないが、先程までの作り固めた笑顔ではなく、自然に笑いが込み上げているのは確かだった。
元々、今回の試みは失敗しても良いくらいに考えていたし、ヒロの事を調べていて、彼が理不尽な目に会い続けてきた事には、純粋に怒りも感じていた。
短命だというのに、無駄に人を傷つけたり、人を貶めたり。そして、相手が変わってもまた、同じ事を繰り返す下等生物。しかも、それをやった本人たちは、都合の良いところだけ記憶して、他の部分はすぐに忘れてしまう。なんと愚かな生物。
――愚かすぎる
これが、アエテルニタスの感じてきた人間評。
だから、被害者であったヒロは救いたいと思うが、ヒロに対して酷い事をしたくせに、のうのうと仲間ヅラを続けている自称ファミリーの連中には、手を貸そうとは思わなかった。
だから、面白い案を提案してくれた御礼に、機械人形だけ提供して、その後の試みには手を貸さなかったのだ。
『――だから、君に君を諦めさせないっ!!』
『――君が私たちから離れたがっても、私たちは君から離れない――。』
『――独りになんか、させてあげない――。』
『――少年っ! お前はあの優しい剣士みたいになるんじゃなかったのか! ケインなら! あいつなら、仲間に迷惑なんてかけないぞっ!』
『――ヒロ殿っ! みんなが居ますっ! あなたが救ってくれた我々が居ますっ! あなたを1人になんか絶対にしたりしないっ! だから、我々と一緒に悲しみを乗り越えてくだされっ!』
何を勝手なことを……。
実験と割り切って観察するつもりが、何か好き勝手に自分たちの気持ちを吐き出しながら事に当たる姿を見て、怒りが込み上げた。だから、それぞれがやってきた事を思い出させ、反省させ、後悔させたくなった。意地悪をしたくなったのだ。
重ねて言うが、実験を失敗させたいわけではない……。
だからこそ、それ以上の嫌がらせはしない。観察するのみ――
♢
アエテルニタスは、使徒としてウカの核を守り続けてきた。長い長い時間、豊穣神ウカが全ての種族を救おうと、その身を犠牲にして作ったシステムを守る為に。
ハイエルフという種族も例に漏れず、太陽神テラの作った苦労の必要無い世界において、その怠惰な日常にズッポリとハマり、ヤル気のない日々を過ごしながら、徐々に滅亡への道を歩んでいた。
長命で優秀……そんなハイエルフたちも、『楽』する事に慣れすぎて、何かにチャレンジすることを忘れてしまった。そうなると、なかなか元には戻れない。すっかりとダメ人間ばかりが出来上がっていったのだ。
ハイエルフの女王、アエテルニタス自身は、研究者気質が幸いしてか、常に新しい事を考えることに夢中になっていて、自分自身は怠惰の流れからはずれていた。その為、自分が統率するべき種族からヤル気が無くなっていく事に、しばらく気付けなかった。
気づいた時には、時すでに遅く、ハイエルフ全体に広がる無気力に抗うことが出来ない所まで来てしまっていたのだ。これは、幸いではなく、不幸な事と言い換えるべきなのだろうか。
結局、ごく僅かの者たちを残して、次々と滅びていく種族を救うことはできず、女王としての役目を果たすことが出来なかったアエテルニタスは、自らの命を断つことまで考えていた。
しかし、ウカが自らを犠牲にして作り上げたシステムが、試練を与えることによって進歩を促し、そのシステムに順応した種族を中心に絶滅を免れ、逆に繁栄していく姿を目の当たりにし、ウカのシステムを守る事をきめたのだった。
当初、順調に世界が回復していく様を、満足して見守っていたアエテルニタスであったが、太陽神テラの陰謀が世界に浸透した時、それは始まった。
世界を救ったとされ、敬い崇められていたウカを悪なる神として貶め、辱めた時、それまで敬い、崇めていた人族を中心とした面々が、揃ってウカからの恩を忘れ、世代が変わるごとに完全にウカを忌む存在としてしまったのだ。
その短い人生の中、受けた恩さえ、すぐに忘れてしまう――いや、短命種が故に、世代が変わる毎に都合の悪い事を忘れていくのか――そうだとするならば、短命種とは、なんて都合の良い生き物なのだろう
アエテルニタスは、この時から短命種への認識をそう決めてしまった。ウカは彼らを守ろうとしたが、彼らは守られるべき存在ではないと。
だから、それ以降、ウカの核は守り続けるが、積極的に外の世界に干渉する事をやめた。
いつかウカを解放する為、研究は続けるが、その研究はあくまでもウカを解放する為のもの。けして忌むべき短命種を助けるためではない、と……。
♢
何故かアエテルニタスは笑っていた。
今の今まで、忌むべき短命種たちを、ただの実験対象として扱い、成功も失敗も、これからの研究に活かす為のものと本気で思っていたはずなのに、何か、心に響くものがあったのだろうか。
自分でもまだよくわかっていない。
変わる事ができずに滅びた種族の事を、忘れないと言いながら、変化を忘れているアエテルニタス。
しかし、変わる事により救い、救われようとする忌むべき短命種たち。
変化する事と変化しない事、覚えていなくてはならない事とあっさり忘れてしまう事……忘れる事を悪として、変化しないで居る事で逆に忘れてしまっている事……今、アエテルニタスは、自分が進歩から遠ざかってしまっていることに気付けない。
変化する事を忘れていた長命種が、無意識に変化しようとしているからこそ、この自然な笑いが込み上げてきている。その事に、まだアエテルニタスは気づいていない――
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