克己復礼④
目の前に横たわる機械人形=ゴーレムを囲んだまま、森の女王から投げかけられた悪意の籠った問いかけに、その場にいる全員が身を堅くして動けない。
そんな事解っている――自分たちだって解っている事を、改めて他人から指摘された事で、心に刺さり続ける棘がどんどん深く刺さっていく。
「「…………、」」
森の女王は、無表情のまま。
いかにも、「さあ、どうする?」と言っているかのような表情。
「実験」といって憚らなくなった森の女王に、何も言えずに黙り込む大人たちを見て、2人の少女が憤慨した。
「――何言い出すのよっ! ヒロ兄がいつまでも仲間たちを恨んでいるわけないでしょ!」
「そうよっ! いつだって私たちの為に優しく声を掛けてくれたわっ! あんたが言うような恨み言なんて、ヒロ兄は絶対に言わないっ!」
「ふふっ、君たちはただ助けられただけだからね。彼は君たちが、自分のように周囲からイジメにあったりしないように守り続けていたんだよ。その事こそ、彼の心の中に残る蔑みへの恐怖の表れだとは思わないかい? 忘れられない心の傷さ――」
森の女王はどのくらい自分たちのことを調べているのだろうか。まるで見てきたかのように話す内容に、一気に反撃の熱を冷まされた2人は、口を真一文字にして黙り込む。
「さっきも言ったけど、やられた方はいつまで経っても忘れないものさ。やった者はすぐに忘れてしまうがね。全く、短命種の癖に、その短い人生の中でさえ自分たちの悪事だけはすぐに忘れる。なんて都合の良い生き物なのだろうね……。」
「………そんな……。」
「自分からひどく裏切っておいて、相手が許してくれたから、その相手に擦り寄って寄生する? そんなのは最低、寄生虫以下の行いだ。」
アメワから表情が抜け落ちる。
「突き放して追い払っておいて、自分の利益になるからと言って、今度はその相手を利用する? まさに下賎な短命種らしい。」
ライトが歯を食いしばって下を向く。
「罠にはめて殺そうとまでしておいて、自分の目的を果たしてくれたから、その相手に恩を返す? そんなのただの押し売りだ。相手はそれを望んだのかい?」
ギースは両の拳を握りしめた。
「散々、蔑んでおいて、自分の目指した男の後継だから、その後継を助ける? 差別はするが、自分の目指した男が選んだという点だけは許容する。そんなの、自分の目指した男の事しか見ていないって事じゃないのかい?」
ハルクは手で顔を覆って天井を見上げる。
「自分の殻に引きこもって真実を知るのを怖がっていたのに、拒絶して傷つけたはずの彼に外に連れ出してもらった? 寄る辺を神から彼に乗り換えただけだろう? ただ、自分の居る場所を確保したかっただけだ。」
ソーンは瞑目した。
次々と紡ぎ出される女王の言葉に、先程、魂を移すのに成功した高揚感は全て消え去っていた。
だから、そんな事解っている――
口に出せば、否定される。そんな気がして、誰も口に出せない。沈黙がその場を支配する………そう思われた時、突如として古竜の子供が竜の咆哮を叫び出した。
『◼️⚫︎▼●◾️▲ッッッッッ!!』
その咆哮は、直接感情を掻き乱す。
皆が耳を塞ぐが、古竜の咆哮はそんな事では防ぐことはできない。さすがの使徒も、これには耐えきれなかったのか、耳を塞いだまま片膝をついた。
「――ニール!?――そうだよね!」
魔獣使いであるナミには、古竜が何故咆哮をあげたのかがわかった。
そう、その咆哮には意味があった。
――そんなの関係ない!
古竜ニールは、自らの気持ちをありったけ乗せて、ヒロの魂に、仲間の魂に、全員に向かって叫んだのだ。
その叫び声は、【障壁】などには邪魔されない。直接、ヒロの心に、仲間の心に響くのだ。そして、
――みんなも呼びかけて!
ナミがニールの声を代弁する。
後悔も反省も、今、森の女王相手にしたってしょうがない。
ヒロに酷い事をしたというなら、ヒロに怒られるべきだ。
ヒロを泣かせたというなら、ヒロの為に泣くべきだ。
ヒロを裏切ったというなら、ヒロから責められるべきだ。
ヒロを罵ったというなら、ヒロから罵られるべきだ。
ナミが次々と古竜の気持ちを言葉に変える。
謝るべき相手はヒロである。まだ、自分たちの中に引け目があるのならば、まずはヒロを閉じ籠る自分の殻から連れ出して、しっかりと本人に気持ちを伝えるべきだと――
皆んなは直接話せる口があるじゃないか!
僕と違って、しっかりと言葉を伝える事ができるじゃないか!
だから、まずはヒロを叩き起こして、文句の一つも言ってやってから………
――感謝も、謝罪も、尊敬も、反省も。愛だって、恋だって、信頼だって、不満だって、なんでも話し合えばいい!
いつの間にか姿を現した精霊たちと共に、その場で叫び続ける古竜の姿に、アエテルニタス以外、皆の顔に正気が戻った。
「――まったく、まさかニールにお説教されるなんてね! お説教は私の仕事なのに。でも、ありがとう、ニール! ナミもありがとうっ!」
ソーンの声に力が戻る。
すっと胸を張り、凛とした表情で古竜に負けじと大声で叫んだ。
「――ニールのいう通りよっ! みんな、まずはヒロ君を叩き起こさなきゃ! 叩き起こして、文句を言って、そして、ヒロ君にもう一度謝りましょう!」
ほぉ、とアエテルニタスは呟いた。
何という身勝手な見解だろうか。
しかし、これはこれで面白いと。
「――さあ、みんなでヒロ君を叩き起こすわよっ!!」
力強いソーンの号令に、仲間全員が再び立ち上がった――
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