克己復礼③
ソーンはじっと力を貯めていた。
最後の仕上げを必ずやり切る為に、仲間を信じてその時を待ち続けていた。
以前までのソーンなら、焦って声を挙げていたかもしれない。イライラして泣き言を呟いていたかもしれない。神に頼りきって考える事を放棄していたかもしれない……。
「……ヒロ君、みんながあなたを一人にはさせてくれないみたいよ……。ふふっ、私だけじゃなかったみたい……。」
あんなに他人から疎まれ、蔑まれ、いじめられていた少年が、今、これほどまでに仲間たちに慕われている。
自分も含め、少年に許されて救われてきた仲間たちが、少年を許さずに救ってみせると宣言する。
なんとも面白いじゃないか!
「――君が私たちから離れたがっても、私たちは君から離れない――。」
ソーンが凛とした立ち姿で、両手を胸の前に掲げる。
「――独りになんか、させてあげない――」
ライトが、アメワが、ナミが、ナギが、ハルクが、ギースが、それぞれ自分たちの気持ちを代弁するソーンに笑いかける。
尚も抵抗し続ける魂。
どうにかして、みんなの言葉を届けたい――
「――みんな、タイミングを合わせるわよっ! ナミとナギ、ヒルダさんは1、2の3で糸を解除っ! ハルクさん、ギースさん、アリウム君は頑固なヒロ君の魂を意地でも逃がさないでっ!」
全員が無言で頷き、横たわる機械人形と糸に包まれたヒロの魂に集中する。
「――1っ!」
全員の顔に緊張が走る。
「――2っ!!」
身体中に気力を漲らせ、最後の号令に集中。
「――3っ!!!」
糸の解除と同時に、【障壁】の殻ごと、ヒロの魂を機械人形の胸な押し付ける。みんなの思いに反して、尚も抵抗し続ける魂。ソーンは、そんな、ヒロの魂に向かって叫ぶ。
「――まったく、頑固なんだからっ!」
魂を押し付ける3人の手の上に、自分の両手を重ねたソーンは、自分のスキルを行使した。
――封印!!
その瞬間、抵抗を失った3人が機械人形の上へと倒れ込む。先程まで、【アンチ】の能力全開で、全ての行為を拒絶していたヒロの魂は、鈍色の【障壁】の殻ごと機械人形の胸の中に吸い込まれた。
――成功したのか?
集中する仲間たちの視線に応えるように、ソーンは大きく頷いた。
それを合図に、その場の仲間全員から、大きな溜め息が吐き出された。歓声が挙がることはない。ヒロの魂が続けた抵抗に、あまりにも力を使いすぎて、一様に疲れ果てていたから。
「……もう、魔力がスッカラカンだよ……。」
「……ほんと、ヒロ兄、抵抗しすぎ……。」
歓声の代わりに漏れたのは、我儘な家族に対する愚痴。ただし、それは悪意ではなく、身近なものに対する甘え。許してもらえるからこその文句。そして、相手を許している故の憎まれ口。
「――みんな、よく頑張ったわ! お疲れ様。」
ソーンからの労いの言葉に、その場に座り込む面々からも、笑みが溢れた。すると、
――パチパチパチっ
不意に部屋の隅から拍手が聞こえてきた。
その拍手の主は、森の女王アエテルニタス。
彼女は、この取り組み中、始まりの合図と、途中に一度指示を出しただけで、ここまで何もしていない。
機械人形=ゴーレムに人の魂を封印するという、彼女の研究の総仕上げのような取り組みを目の前にしてるというのに、彼女は機械人形を提供した以外には、積極的には関わってはいなかった。
しかし、出会った時からずっと、その表情は固まったように和かに笑ったままで、真剣なのか、どうなのかもよくわからない態度だったことは確かだ。
「いやいや、凄いものを見せてもらったよ。魂というものは、あそこまで他人に干渉されることを拒否するものなんだね〜。いやぁ、勉強になったよ。」
いかにも傍観者、いや、見学者のような物言いに、やはり、彼女に対してずっと嫌悪感を抱いていたライトは閉口する。
「それとも、ヒロ君の魂が特別なのかな? 仲間のみんなの事、実は嫌いだったりしてね。」
話出しには気にしなかった他の仲間も、アエテルニタスの今の言葉には顔をしかめた。明らかに悪意がこもっている。
「まぁ、元々、ヒロ君は君たちに酷い目にあわされているみたいだし、それもしょうがないかもね。」
自分たちの心の中に、棘のように刺さっている罪悪感を、何故か穿り出そうとするようなアエテルニタスの言葉に、胸を締め付けられる。
「だいたいさ、なんで自分たちが簡単に許されると思っているのか、理解に苦しむんだよね。イジメをした物は簡単にその行為を忘れてしまうが、イジメられた側は、一生忘れないというのにね。」
ナイフのような悪意のある言葉が、やっとの事で魂の封印をやり遂げた仲間たちの心を切り刻む。成功の喜びも、自分たちの罪悪感に塗りつぶされてしまうようだった。
「…… 森の女王よ。あなたは、私たちと一緒に機械人形への移魂作業をやり遂げるための同士ではないのですか?」
ヒロの魂を移し終えた途端、悪意を剥き出しにして、言葉をぶつけてくる使徒に対し、ライトは静かに、しかし、その悪意に負けまいという強い気持ちで言葉を投げ返した。
「……いやぁ、どうにもね。実は、サムにヒロ君を紹介したいと言われてから、ヒロ君の事は色々と調べていたんだ。まぁ、魂が2つあるなんて事はわからなかったが、彼がどんな人生を送ってきたか、とか。君たちが彼にどんな事をしてきたか、とかもね――。」
誰かが唾を飲み込み音が聞こえた。
「そしたら、まぁ、酷いもんじゃないか。君たち自身が何があったか一番解っているんだろう? ヒロ君が許した? それは本当かい? 私にはとてもじゃないが、君たちが許されたとは思えないのだよ……。」
森の女王は、先程まで張り付いていたような笑顔が、能面のような無表情に変わった。絶世の美女であるが、表情を無くしたその顔は逆に恐怖を感じさせた。
「ヒロ君を助ける為に動いたのは……まぁ、本当さ。ただね。君たちが綺麗事を並べながら、ヒロ君の魂に干渉しているのを見ていたらね。ちょっと、腹が立ってきてね……。」
ゆっくりと腕を組みながら壁にもたれかかる森の女王は、無表情のまま、言い放った。
「――さあさあ、まだ今回の実験は終わっていないよ? 彼の魂は未だに世界を拒絶している。仲間を自称するきみたちは、どうやって彼を救うんだい――」
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