克己復礼②
「――ちょっと、動かないんだけど! 」
「――ヒロ兄っ! 暴れないでっ! 」
ナミとナギの悲痛な叫びが部屋に響いた。
ヒロの魂を覆う【障壁】が、何重にも巻かれた操り糸を寄せ付けまいと、強く反発し続けている。
あれほど仲間たちに心を許していたというのに、その【障壁】の殻は、拒絶の力を緩めることはなかった。
ヒロが仲間を拒絶するなんておかしい……。魔力操作に集中しながらも、本来のヒロを近くで見てきたアメワは、彼の本質では無いと思われる振る舞いに、違和感を覚えた。
「ヒロ君っ! 私たちを思い出してっ! 私たちを受け入れてっ! 」
アメワは、咄嗟に溢れ出した自分の言葉に驚きながらも、もしかしたら彼は殻の中で耳を塞いでしまっているのではないかと思い始めた。
悲しくて、苦しくて、全ての事から目を背けて、何もかもを拒絶して殻に閉じこもっているのだ。
もしかしたら、今、何が起きて、何をされているかも気づいていないのだとしたら……。
もしかしたら、自分が消える事を望んでいるとしたら……。
アメワの中に、色々な悪い想像が膨らんでいく。
彼は、ヒロは、自分を諦めている……?
「――ヒロ君っ! 私たちの声を聞いてっ!」
諦める? そんな事させない!
だって君は……
「――私は自分を諦めなかった! 君が私が諦める事を許さなかったから! 」
アメワは額に汗を浮かべながら、呼びかけを続ける。
「――あんなに酷い事をして傷つけた私たちを、君が許してくれたから! カヒコが死んで、目標を無くしていた私を連れ出してくれたから! 」
支離滅裂で、自分でも何を言っているのかわからない。しかし、彼にとにかく、自分を諦めさせたくないのだ!
「――だから、君に君を諦めさせないっ!!」
普段、あまり大きな声を出さないアメワの叫び声に、周りにいた仲間たちも驚く。しかし、皆同じ気持ちなのだ。すぐに【障壁】の殻を機械人形の元へ動かそうと、魂との綱引きを再会する。
すぐ側にあるのに、機械人形へ移されるのを拒否しているのか、僅かにしか動かせない。それどころか、殻が凸凹に変形し続けて、必死に掴み続けるナミとナギの操り糸を振り解こうとしている。
「だめっ! 振り解かれるっ! 」
「ヒロ兄っ! 私たちの声を聞いてっ! 」
4人の力を合わせても、なんとか暴れる【障壁】の殻を捕まえておくことしかできない。既にかなりの魔力を消費してしまっているナミとナギは、精神力でなんとか保持している状態だった。
「くそっ!? もう我慢できんっ! ギース行くぞっ!」
それまで、アエテルニタスの隣で拳を握りしめながら仲間たちを見つめていたハルクが、【障壁】の殻に飛びついた。
「おぉっ!」
その言葉に反応したギースも同じように殻に飛びつき、目一杯の力をこめて、機械人形の方へと押しこみ始めた。
今まで、その場から動くのを拒否し続けていた魂は、2人の剛力が加わり、拮抗していた力比べに負け始めたが、その分、今度は益々大きく、凸凹に変形し始める。
これには、なんとか絡み取っている糸も、徐々に緩み始めてしまった。
「――少年っ! お前はあの優しい剣士みたいになるんじゃなかったのか! ケインなら! あいつなら、仲間に迷惑なんてかけないぞっ!」
「――ヒロ殿っ! みんなが居ますっ! あなたが救ってくれた我々が居ますっ! あなたを1人になんか絶対にしたりしないっ! だから、我々と一緒に悲しみを乗り越えてくだされっ!」
長剣使いと竜騎士が、それぞれに自分の気持ちを叫びながら、必死に糸玉を掴む。
「――ったく、駄々っ子みたいなことするんじゃないって!!」
ハルクが引き攣った笑いを浮かべながら、ギースがその凛々しい竜面で歯を食いしばりながら、懸命に糸玉を押さえつける。しかし、完全に糸で覆っていたはずの【障壁】の殻の姿が見え始め、その鈍色に澱んだ殻から凸凹の突起が飛び出し始めた。
「「 やばいっ! もうダメ! 解けちゃう!」」
ナミとナギの悲痛な叫び声が再び響いたとき、小さくて黒い物体が殻に飛びついた。その物体は、解けかけた糸玉を、その上を高速で移動しながら白い糸を巻きつけ始めた。
「――勝手に参加してしまい、申し訳ありません! しかし、私の蜘蛛人族としての能力っ! 今こそ役に立てるかとっ! 」
その黒い物体は、なんと人型の機械人形から飛び出したヒルダ。
彼女は、蜘蛛人族の能力で、蜘蛛の糸を吐き出しながら解けかけた糸玉を補強していく。細いながらも強力なその糸は、暴れていた【障壁】の殻を押さえつけ、凸凹の突起までも覆い尽くした。
「さぁ、今のうちにっ! 機械人形にヒロさんの魂を移してっ!」
糸玉にそのまましがみつきながら、ヒルダの号令が響く。そこに精神力を回復したアリウムも加わり、横たわる機械人形の前へと、無理矢理押し付ける。
「「 ソーンっ! 頼むっ! 」」
ずっと見守りながら、封印の為の術式を準備していたソーンに、仲間たちが声を掛ける。
さぁ、最終段階、ここで絶対決めるのだっ!
そんな仲間たちの必死な姿を、ハイエルフの王は、やはり笑みを浮かべながら静かに眺めていた――
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