仲間の希望
ソーンは今、一連の議論を聴きながら、冷めていくスープを眺めていた。
学者や研究者、教師といった理論的に考えられる面々の考察は、しっかりと組み立てられた論調で、納得できる話であった。
本来なら、ソーン自身も聖職者という職業柄、こういった話し合いには参加すべきなのだろうが、ソーンは積極的には加わらないようにしていた。
どうしても、自分の希望を手放せないでいたからだ。
ソーンの希望とは――?
ソーンは、無条件に信じ続けた自分の中の常識こそが、自分を許してくれた少年を不幸にしていたという現実を知った後、ならば、その贖罪の意味でも、この少年に寄り添い、助けていきたいと誓っていた。
しかし、その贖罪の為の誓いは、少年と家族として過ごすうちに徐々に変化していく。誓いではなく、それは願いとなり、そして、ソーンにとっての必然へと変わっていった。
必然――それは、もうそこにあって当然であり、そこに無いということは考えられない。
そう、ソーンにとって、ヒロという存在は、もう、自分自身にとって必然なのである。
ならば、ソーンの希望とは、ヒロと一緒に生きていきたいということだろうか。そして……
これは、愛情と呼ぶべきなのか――
ソーンは聖職者である。
神に仕える者として、恋愛などとは無縁で生きてきた。だから、愛だの恋だのといった感情については、どうしても経験が少なく、そういったものについての確信が全くないのだ。
だが、例えば家族の愛というものとして考えてみたらどうなのだろうか。
ソーンの実の両親たちは、ソーンに太陽神の教えについては一生懸命教えてくれたが、彼らからそれ以上の愛情と呼べるものを感じる事は少なかったように思う。
彼らは、ソーンの為ではなく、自分たちの為に、ソーンを家族として利用していたようにも思えるのだ。
ヒロ達は違った……と思う――
だが、どうにも、自分は愛というものを理解できていないのだと思う。聖職者として、自分自身の我儘を突き通すのもどうなのか、とも思う。
でも……、
「やっぱり、私はヒロ君と一緒にいたい……。」
♢
ソーンの呟きは、ナミとナギの2人に微かに聞こえていた。小さな小さな声で、呟かれたその声は、2人の心を大きく波立てた。
機械人形=ゴーレムの向こう側にいる使徒は、いかにも最善の案を提案しているが、やはり、仲間ではない者の提案である。そこには、仲間たちの「気持ち」は考慮に入らない。
しかし、2人は、まだ知り合って間もないアリウムの様子が気になってしょうがなかった。
自分の事を封印して欲しいとまで言ってくれたアリウムに、なんとも言えない寂しさを感じるのである。
2人とも、ヒルコの仮面に支配され、自分が自分で無くなった経験があるが、あれほど怖い事はない。あのまま自分が狐憑きとして、ヒルコに操られたままだったとしたら、こうやって仲間たちとの幸せな日々を過ごすことなど出来ていないのだから。
あの時の記憶はない。無いけど、やはり、自分の人生、自分として生きたいと思うのだ。
なのに、アリウムは自分の人生をヒロに取って代わられても良いと言ったのだ……。
いじめられ、蔑まれ、おそらく相当酷い目にあい続け、元々はその苦しさがそうさせたのかもしれない。
でも、今なら仲間たちがその苦しみから彼を守る盾になれるだろう。アリウムが人生から逃げる必要などないように。
ヒロのことが大好きな2人だ。本来、ヒロに戻ってきて欲しい気持ちは仲間の中でも一番強い。だからこそ、アリウムが自分を消してヒロを生かすという提案には、一にも二にもなく賛成しようと思った。
でも、それでいいわけがない――とも思うのだ。
そんな葛藤に言葉が出せないでいた2人の耳に、ソーンの小さな呟きが聞こえてしまった。
本当の姉のように、時には母のようにも感じているソーンの存在は、やはり、2人にとって特別な存在である。
そんな彼女が漏らした呟きは、単なる家族としての気持ちを超えているように感じたのだ。普段の彼女は、聖職者である事もあり、あまり、そういった感情を出すことはない。
実際には、とても愛情深く、情熱的で、意外と怒りっぽい、普通の可愛らしい女性であるのだけど。
「やっぱり、私はヒロ君と一緒にいたい……。」
ナミとナギは、自分たちのアリウムに対する感情と、ヒロに対する感情を秤にかけられないでいたが、ストレートすぎるこの呟きに、2人は益々悩みを深くさせた。
どうしたらいいのだろう――
2人は、自分たちでは簡単に選ぶ事はできないと、拳を握ったまま、話を聞き続けていた。
♢
ドンドンっ!
「こんばんは〜っ! ヒロさんはいるかいっ!」
突然、玄関から大きな声が響いた。
聞き覚えの無いその声に、ファミリーの面々は誰だろうかと玄関に向かおうとするが、竜騎士のギースがそれを制した。
「――あの声は、長剣使いのハルク殿です。ヒロ殿が私と同じく、新しく皆さんの仲間にした御仁ですよ。」
新しい仲間?――
混乱していたファミリーの面々は、長剣使いのその大きな声に驚きながらも家の中へ歓迎するのだった。