2人のナナシ⑥
「――ありがとうございます……。」
仲間たちの返答を聞いた少年は、一度、嬉しそうに微笑み、そして、すぐに顔を伏せた。
「――みなさんにとって、ヒロさんがとても大事な方だという事は、しっかり承りました。や、やっぱり、なんとかしてヒロさんを閉じこもった殻の中から連れ出さないと、ですね……。」
「どうやったら、ヒロ兄を連れ出せるのかしら?」
「みんなで呼びかけてみる?」
「呼びかけても、起きたのはアリウム君じゃん?」
「てか、アリウム君はうちらよりは年上?」
「年上っしょ? 元々、アリウム君はアリウム君だったんだから。」
「そっか、じゃあ、アリウム兄ってことか。」
「よろしくね、アリウム兄。」
「あ、あぁ、うん。よろしくお願いします。」
ナミとナギの二人の高速やり取りから、急に話を振られた少年は、その白い髪を触りながら少し照れた様子で返事をする。
そして、何故か再びその表情を曇らせた。
「アリウム君の話はわかったけど、この状態でヒロ君を助ける方法はあるのかしら……。」
ソーンは良い考えは全く浮かばず、お手上げと言った風に呟き、ライトの顔を覗きこんだ。
ライトは苦笑いを浮かべて、首を左右に振る。
【アンチ】という、非常に特殊な才能によって、自ら自分の殻に閉じこもってしまっているのだ。しかも、他を隔絶してしまう、超がつくほど強力な【障壁】によって。
ライトとしては、本人が気持ちを落ち着けて、自ら表へ出てきてくれる以外の解決方法が思いつかなかった。
「……それについては、僕に提案があります。」
無理矢理笑顔を作りながら、今にも泣き出しそうな、悲喜交々、色々な感情が混ざった表情で少年がまた話し始めたのだった。
♢
少年の提案は、仲間の誰もが驚くようなものだった。
「――まず、ソーンさんのスキル【封印】で僕、アリウムを封印してください。そうすれば、この身体に宿る精神体はヒロさんだけになります。
そうすれば、ナミちゃんとナギちゃんのスキル【操り人形】で、ヒロさんを【障壁】ごと引っ張り出せるはずです。だって、この身体を維持する為には、どうしても精神を宿す必要があるから。
ライトさんとアメワさんの【魔力操作】の補助があれば、ナミちゃんとナギちゃんのスキルの精度も上がるはずです。きっとヒロさんをこの身体の表層に引っ張り出せると思います。
そこまでいけば、あとは皆さんが必死に呼びかけてくれさえすれば、優しいヒロさんがその声に反応しないわけがありません。――きっと、ヒロさんが戻って来てくれます。」
ここまで説明すると、少年はニッコリと笑った。
先程までの、辛そうな表情が無くなり、満面の笑みで仲間たちに笑いかけたのだ。
――ヒロを元通りにしてあげたい
少年の提案には驚かされたが、よくよく考えられた提案であることがわかる。少年の願いと、仲間たちの願いは、イコールであるはずだ。ならば、少年の提案を受け入れれば、100%では無いにしろ、かなり高い確率でヒロを助けることができるだろう。
しかし、それまで黙って聞いていたアメワがその提案に意義を唱えた。
「……それって……。」
アメワは【思考】という才能を持っている。彼女は、この提案によって起こる事が、仲間たちも、そして助けようとしているヒロ自身も、絶対に受け入れられない事象を含んでいる事を指摘する。
「……アリウム君だけが、完全に犠牲になってしまうじゃない。そんな事、絶対にヒロ君は望まないし、私たちだって認められないわ。」
やはりスキル【考察】を持つライトがつけ加えた。
「……そうだね。それではアリウム君が封印されて、自我すらも無くなってしまうよ。こうやって、一緒に食事もできなくなってしまうし、話をすることすらもできなくなってしまう。そんなんじゃ、本当に君という存在の意味が無くなってしまうよ。」
一瞬、ヒロが戻ってくると喜んだナギは、アメワとライトの発言に息を飲んだ。
そう、自分が自分でなくなる怖さは、ナギも嫌というほど味わっているのだ。
いまいちよく解かっていないナミはキョロキョロと周りを見回して、誰かの次の言葉を待っている。ギースも、今回の提案を手伝えない立場のため、腕を組み、目を瞑って経過を見守っていた。
「……せっかくこうやって話もできるようになったのに、あなただけを犠牲にしてしまうやり方はできないわ。もう、既に、あなたも私たちの仲間だもの。」
ソーンが少年に語りかけた。
しかし、それを聞いた少年が激昂する。
「――じゃあ、どうするんですか!? みなさん、ヒロさんを助けたいと言ったじゃないですか! 僕だってヒロさんに戻って欲しいんです! 僕は一度逃げた人間だ。だから、みんなに望まれているヒロさんが、この身体に戻ってくれるのが一番なんです!!」
さっき無理やり笑っていた少年は、今度は涙を目に貯めて叫んでいる。その様子を見守る仲間たちからは、次の言葉は出てはこなかった。
何か妙案がある訳でもなく、「それなどうしたら良い!」と叫ぶ少年を説得することができないでいるのだ。
しかし、ソーンはもう一度、少年に語りかけた。
「――あなたは、すでに私たちの仲間。家族よ。あなたを犠牲にして、他のメンバーだけで幸せになるなんてことは絶対にしない。だから、違う方法を考えましょう。」
少年は尚も頭を抱えて叫ぶ。
「――だって!? 僕は逃げたんだよ……。辛いことをヒロさんに全部任せて、逃げた人間なんだよ……。」
「……アリウム君。君が辛さを堪えていることは気づいているんだよ。だって、みんなと話している時の君は、あんなに楽しそうだったじゃないか。ヒロ君を見続けた君は、今、自分を生きたいと思っている。そうじゃないか?」
ライトは、少年に断言した。そう、少年は、今、自分を自分として生きたがっているのだ。
ならば、せっかく自分を生きたがっている、そんな少年の応援をしてやらなくて、何が仲間だというのか。
ヒロがそうしてきたように、自分たちに関わってくれた人間を見捨てて歩く選択肢は、ライトはもう取らない。そう決めたのだ。
「……じゃあ、どうするのさ……。僕じゃダメなんだよ……。ヒロさんじゃなきゃ……。」
悲壮感漂うこの部屋を沈黙が支配する。
理想と現実。
やろうとしている事と、実際にやれる事とは違う。
宣言はしたものの、ライトにも、また他の仲間たちにも、理想を叶える為の考えは浮かんではこなかった。
『――全く、来るっていうから待っているのに、一向に来ないと思って様子を見てみれるば、なんだか面白いことになってるみたいだね――』
その声の主は、喋るはずのない、機械人形=ゴーレムであった――