2人のナナシ⑤
「――あなたにとっての英雄? 」
アメワは、少年に聞き返す。
「――はい。ヒロさんは、僕にとっての英雄です。」
最初の頃とは違い、ハッキリと話すようになった少年は、おどおどした態度も消え、メンバーを見回しながら続けた。
「だって、そうじゃないですか? いつも虐められるばっかりの、ナナシという不幸を身に纏ったかのような存在になってしまったというのに、僕とは違って、酷いことをしてきた相手を許しちゃうんですよ。優しくて強い心の持ち主なんです。
一応、皆さんにはバラしちゃいますが、文句や悪口もガンガン言ってはいるんですよ。ハハっ。
でも、文句は心の中でだけ、悪口も心の中で。ましてや、仕返しなんて考えていないし。辛いはずなのに、歯を食いしばって、笑いながら前に進むヒロさんは格好良かった……。」
少年は目を伏せながら話し続ける。
「ヒロさんが話すんです。俺は適度に相手に無関心だから、人からの悪意にも耐えられるんだって。おっさんになるまで、色々と経験したからって。」
ここで少年は笑った。
「――でも、そんな事言っておきながら、アメワさんたちを許し、ナミちゃん、ナギちゃんを助け、ライトさん、ソーンさんを受け入れる。そして、ギースさんを仲間にまでしちゃいました。ここにはいないけど、ハルクさんだって同じです。
相手に無関心だと言うなら、相手に関わらなければいいでしょ? でも、どんどん皆んなの為に動いちゃってるんですよ? 可笑しいでしょ?
だいたいにして、街の人たちを魔物の大群から守りに行ったのだって……。あんなにも、僕たちを虐げ、虐め続けた街の人たちの事をですよ?
今までに僕たちが受けた仕打ちを考えたら、有り得ないと思いませんか? 皆さん、どう思います? 」
一気に捲し立てるように話した少年は、ここでもう一度、水を口に含む。
「――ヒロさんは、優しすぎるんです。だから、自分を酷い目に合わせた相手にだって寄り添ってしまう。心の中では涙を流していてもです。」
少年がここまで話しても、仲間たちからの言葉は出てこなかった。
ヒロが表に出さなかった悲しみや怒りの感情は、本来であれば、自分たちに向けられていたはずの感情も含まれていることも理解できていたから――
「――だから、いつもヒロさんの代わりに、ヒロさん以上に怒ってくれたり、泣いてくれたり、そして喜んでくれたベルさんという存在は、ヒロさんにとってかけがいの無い存在だったんです。
もちろん、皆さんの事だって同じように大事に考えていたと思いますよ? でも、この世界に一人放り出されて、孤独でどうしようもなかったヒロさんをずっと支え続けてくれたベルさんは、その中でも特別だったんです。
だから、彼女を自分の失敗のせいで亡くしてしまった事で、これ以上ない程に絶望してしまったヒロさんを許してあげてください。決して、皆さんが大事じゃないという訳ではないんです。そこはわかってあげてください……。」
少年は、申し訳なさそうに頭を下げ、仲間たちは、皆んな一様に考え込む。
ソーンはさっきの自分の呟きについて改めて思う。頑なに教会に引きこもっていた自分が、彼の優しさによって心を救われ、教えの矛盾に気付かされ、落ち込んでいた闇から連れ出してもらった。だからこそ、そんな彼を支え続けるのだと――
ライトはさっきの自分の呟きについて改めて思う。一人凝り固まった考えで、他人から自らを認めてもらう事しか考えていなかった。そんな自分に新しい価値観を与え、進むべき道を示してくれた。だからこそ、そんな彼を支え続けるのだと――
ナミはさっきの自分の呟きについて改めて思う。口下手で、表現することが苦手だった自分の話を聞いてくれて、そして、いつもすれ違いで生じてしまう他人からの蔑みの目から、自らを盾にして守り続けてくれた。そんな彼を自らが強くなることによって支え続けるのだと――
ナギはさっきの自分の呟きについて改めて思う。彼は、まるっきり他の存在に乗っ取られてしまった自分という存在を、ナギという存在に引き戻してくれた。その上、忌み子と呼ばれて差別を受けないように、まわりの悪意から自分を守り続けてくれた。そんな彼を彼が出来ない部分を出来るようになることで支え続けるのだと――
アメワはさっきの自分の呟きについて改めて思う。自らの保身の為に、彼を酷く裏切ってしまったというのに、その大きな悲しみを飲み込み、大きな怒りを飲み込んで、自分たちを仲間として迎えてくれた。さらに、彼のおかげで、幼馴染の夢であった冒険者の道を再び進むことができている。だからこそ、陰日向としてサポートに徹してでも、彼を支え続けるのだと――
ギースはさっきの自分の呟きについて改めて思う。自分は、とても騎士のやる事ではない卑怯な罠を使って、新月村の住人たちを盾にし彼を殺そうとした。裏ギルドまで使って、その手を悪に染めたようなものだ。それなのに、古竜王の子供を助け、王の下へ送り届け、自分たちを許してくれたのだ。こんなにも、返しきれないような恩があるのだ、必ず彼を支え続けるのだと――
みんなは思った。どんなに彼が自分たちを恨んでいようとも、けっして自分たちからは、彼のもとから離れないと――
「――アリウム君。私たちにとっても、ヒロ君はかけがえの無い存在。私たちが彼を許さないなんて選択肢はありえないわ。」
その場の全員が、一斉に頷く。
そう、みんなにとって、ヒロはすでにかけがえの無い友人であり、家族であり、英雄なのだ――




