2人のナナシ④
「……ヒロさんは、いつも、インガオーホーって言っては笑っていたんだ。」
インガオーホー、どこの言葉だろう。
【アリウム】ファミリーの視線がライトへと集まる。しかし、彼ほどの博識な人間でも知らないと首を横に振った。
「……それって、どういう意味なのかな? 」
聞いたことの無い言葉に首を傾げながらも、ライトは少年に尋ねた?
すると、少年は頷きながら――
「――ヒロさんは、よ、良い事してれば良い事が、悪い事してれば悪い事が返ってくるんだって言っていました。だ、だから、自分がやられて嫌なことを、他人にはやらなようにしているとも。」
なんとも、殊勝な心掛けなのだろうか。
でも、その話を聞いたメンバー達には、大きな心当たりがあった。
「……だから、ヒロ君は、彼を裏切った私とカヒコを許して、再び仲間になろうと言ってくれたの……?」
アメワの小さく呟く。
「……ヒロ君は、あんなに酷い言葉で罵った私達を許して、新しい世界へと連れ出してくれた……。」
ソーンとライトが顔を見合わせる。
「……ヒロ兄は、あんなに酷い扱いをした新月村を2度も救ってくれた。私は、ヒロ兄のおかげで今、こうして楽しく暮らせている……。」
ナギは新月村で、村を救ってくれた少年の姿を思い出しながら顔を覆う。
「……私だって、ヒロ兄が命懸けで私を助けてくれたことを知ってるわ。そして、私やナギが、周りから嫌がらせの対象にならないように守ってくれていることも……。」
ナミは、いつも前に立って悪意から守ってくれている少年の姿を思い出して涙を流す。
「……ヒロ殿は、卑劣な罠を仕掛けられても、その仕掛け人である我々を許し、古竜の王子を助けてくれた。その上、私を仲間として迎えてくれている。」
ギースは、少年に受けた恩の大きさに、改めて敬服していた。
――許した上で、自ら行動する
簡単に出来そうで、実は出来ない事を少年は行ってきた。その積み重ねが、この仲間であり、このファミリーであり、そして、先の戦いにおける街の住人の救援なのだろう。
「……あ、あ、でも、ヒロさんいつも文句タラタラでしたけどね。」
――ん!?
その場の誰もが、ヒロの事をまるで聖人君子かのように想像し始めていたその時、少年は笑いながら、今までのヒロのイメージとは違う話をし始めた。
「ふふっ、ヒロさんて、いつも僕に言うんです。アイツらほんと最低だって。クソ野郎とか、地獄に落ちろとか。毎日のように、悔しさで涙を流していたし、毎日のように、キレまくってました。」
――あれっ!?
「――だいたい、ヒロさんて意外と短気なんですよ? 僕の前ではグチばかりだし、すぐ挫けるし、やる気なくすし。」
――えっ!? えっ!?
何やら、みんなが頭に思い浮かべていた、ヒロという人物像とは違った話が次々と、ヒロの姿そのものの姿で暴露し続けている。ついさっきまで、悲壮感まで漂うような雰囲気だったはずなのに……。
「――でも、ヒロさんとっても優しいから。自分の事以上に、人のことや、僕の生い立ちとかで怒って泣いて……、あ、ある意味、これも、自分の事で泣いていたのか? ははっ。」
少年は、ついさっきまでオドオドと話していたのに、ヒロの話を続けるうちに、どんどん饒舌になっていく。そんな少年の様子に、仲間たちの顔には、少しずつ笑みがこぼれ始めた。
「――しかも、実はヒロさん、俺はおっさんだから、が口癖なんです。」
――!? おっさんて、おじさんてこと?
またまた飛び出す少年のとんでも発言に、特にナミとナギが強く反応した。
「――どういうこと!? おっさんて、ヒロ兄は、兄さんでなくて、ヒロおじさんてこと!?」
「――驚きますよね? ヒロさん、僕の中に生まれ変わる前は、30半ばのおじさんで、結婚もしてて、娘さんもいたんですって。」
ナミとナギの表情が固まる。他のメンバーも、一応に驚きを隠せないようだ。
「……あ、あれ? これは言わない方が良かったかな?」
「――はははっ、じゃあ、ヒロ君は僕よりも年長だったんだねっ! いやぁ、これは驚いた!」
「――そうねっ! まさか、既婚者だったなんて。それなら、あの安心感も納得できるわ!」
年長組のライトとソーンは、腹を抱えて笑い始めた。
それに対して、年少組のナミとナギは、表情を引き攣らせながら、ブツブツと呟き続けている。
「「………おっさん……。」」
「――ふふっ、ナミもナギも、ヒロ君がおじさんだと困るのかしら?」
アメワが二人を揶揄うように笑っている。
いつでも先を争うようにヒロの隣に立ちたがる二人が、ヒロが実際には大人の男性だと言うことに、ショックを受けているのが可笑しくてしょうがなかった。
「――ヒロさんは、ソーンさんもアメワさんも綺麗だなぁとか、ナミもナギも可愛いなぁ、とか、みんなの事を見るたびに言っていましたよ。ははっ」
少年の暴露話しは続いた。
「――ライトさんみたいにナンパしてみたいとか言っていたし。」
「――ちょっと!? ライト、ナンパとかしていたの!? しかも、ヒロ君もナンパしたがってたとか、本当なの?」
まさか、我が身に矛先が向くとは思っていなかったライトは、慌てて言い訳する。
「いやいや、まぁ、僕も独身の大人の男だし、それなりに、ね……。」
まるで言い訳になっていない発言に、女性陣からの冷たい視線が突き刺さる。
ワイワイ、ガヤガヤと、さっきまでの緊張観漂う食卓が、一気に和やかな雰囲気に包まれた。
「――ヒロさんは、僕の英雄なんです。」
そんな様子を見回しながら、少年はまた落ち着いた口調で話し始めた。