2人のナナシ②
♢
ソーンはキッチンで、大鍋の蓋がグツグツと揺れているのを見つめていた。
煮立つスープの味見をしなければならないのだが、どうにも【アリウム】と名乗った少年の事が気になって、料理の手が進まないでいた。
【アリウム】と言う名は、彼女達が所属するパーティーの名前と同じである。リーダーである件の少年が、「正しい主張」、「幸運」、「繁栄」などの意味を込めて、パーティーの名前に決めたと聞いている。
【アリウム】は、【ヒロ】が自分の存在を忘れず、一緒に冒険をしていくと言う意味で、パーティーの名前に、【アリウム】という名前をつけたと話していた。という事は、【ヒロ】自身も、2人の人格を理解し、奥底にいた【アリウム】を認めていたということなのだろうか。
そもそも、1人の身体に、2人の人格、精神が存在することなど、あり得るのだろうか……。
「――ちょっと、ソーン姉!? スープが煮たってるっ!」
横で手伝いをしていたナギが、慌てて火を弱める。スープは吹きこぼれ、周囲に湯気が立ち上っていた。
「……ごめんなさい、ぼぉっとしていたわ。ありがとね、ナギ。」
「……ソーン姉が色々考えちゃうのも無理はないけどさ。でも、とりあえずは、みんなでご飯、でしょ?」
「――そうよ、ソーン姉。根暗のナギに心配されてるようじゃ、この先、思いやられるわよ。」
「――はぁ!? 誰が根暗だって言うのよっ! あんたなんか、脳筋の脳足りんじゃない! ナイーブな私たちの気持ちは想像できないでしょうが!」
毎度お馴染みのナミナギコンビの口喧嘩だが、こういう時、2人の明るい性格には助けられる。
いつもなら、悲しくも消えてしまったという妖精が、底抜けの明るさで雰囲気を作ってくれていたのだが、今は、この2人の明るさが、気持ちを落ち着けてくれる。
本当は2人の口喧嘩を止めるべきなのだが、今の自分の気持ちを落ち着けるために、もう少しこの賑やかさに身を置かせてもらおう。
「――ちょっと、いい加減にしなさいっ!」
ソーンが2人を放置して、自分の考えに没頭していると、アメワが喧嘩を止めに入ってくれた。
自分を優先して、2人を止めなかったことに、少し心恥ずかしく思うが、ここはアメワに任せることにしよう。
(……ヒロ君……。君はもう君じゃ無いの? 君はまだそこに居るの? )
今、隣の部屋で静かに座っている白髪の少年の自信なさげに話す姿は、やはり、いつも一緒にいた少年とは何かが違っていた。
もし、彼が言うように、彼の中で2人の少年が存在し、私が知る少年が妖精の事がショックで自分の殻の中に閉じこもってしまっているというのならば、私は何をするべきなのだろうか――
♢
「さぁ、いただきましょう!」
「「「 いただきますっ! 」」」
テーブルを囲み、みんなで作った食事を食べ始める。
ナミとナギのコンビは、さっきまで喧嘩していたのが嘘のように賑やかにパンを齧っている。
ライトは、新しくメンバーに加わったギースとたわいない話しをしながら、ワインを酌み交わしていた。
ニールと名付けられた古竜の子供は、ナミのそばで一緒にパンを食べているが、本来は精霊たちと同じで、魔力を食べて大きくなるのだそうだ。
精霊たちはというと、少年が持ち歩いていた精霊箱に集まって、静かに佇んでいる。言葉が通じる訳でもない為、とりあえずはそっとしておこう。
ソーンは、スープを口に運びながら、少年の様子を伺う。ソーンの隣に座っているアメワは、少年の様子を気にしているのか、パンをちぎったまま、少年を見つめていた。
少年はというと、椅子に座って下を向いたまま、なかなか食事に手をつけようとはしなかった。
「アリウム君、でいいのよね? さぁ、温かいうちに食べてね。あなたの家なんだから、遠慮しないで。」
ソーンは少年に食事を促す。
まずは、お腹を満たしてから。
空腹のままでは、碌な考えも浮かばない。
きっと、一番不安を感じているのは、少年であろう。ならばソーンがやる事はひとつ。これから自分たちと一緒に前へと進んで行くためにも、少年の不安を取り除く。
少年が、悩んでいた自分を救いあげてくれた。自分に目標を与え、引き籠っていた教会から外につれだしてくれた。それと同じように、自分も少年を支えて助け出してみせる。
「……あ、ありがとうございます……。いただきます。」
ソーンに促されて、少年がスープを口に運んだ。
「……おいしい……。」
ポツリと一言、感想を漏らす少年。
「――ふふっ、良かった。アリウム君のお口にあったようね。」
ソーンは、この家に住むようになってから覚えた料理が少年の口にあった事に、ほっと胸を撫で下ろした。
「……い、いつも、ヒロさんが美味しそうに食べていたから、ぼ、僕も食べてみたかったんです。」
少年の言葉に、メンバー一同が注目する。
「……そ、ソーンさんが作る料理、ひ、ヒロさんは、本当に喜んで食べていたから、ちょ、ちょっと羨ましくて……。」
なんとも、嬉しいが、切ない発言だった。どうしても理解し難いチグハグな言動に、誰もが話しかけられないで、少年を見つめていた。
「――あなたは、本当にヒロ君では無いの?」
姿形はヒロそのものなのである。
千切ったパンを静かに皿に置いて――、アメワが話の確信を切り出す。さっきまで騒いでいたナミとナギも静かになり、ライトとギースもグラスを置いた。
「……私たちは、あなたの仲間よ。ゆっくりでいいわ。あなたの事。今までの事。ちゃんと聞かせてたね。」
ソーンの言葉を皮切りに、少年がゆっくりと話し始めた――