絶望
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戦いを乗り越え、葛藤を抱えながら、【アリウム】ファミリーは、リンカータウンの冒険者ギルドを目指して歩いている。
仲間を失った悲しみと、絶望に押しつぶされたファミリーのリーダーを背負って、足取りこそしっかりとはしているが、まだ、メンバーの誰も声を出すことが出来なかった。
最初からこの戦いに参加していた者も、必死にこの場に駆けつけた者も、あの賑やかで明るい妖精を失ったことに、ショックを隠せないでいるのだ。
彼女がいたら……
この場の誰もが、このファミリーの元気の源であった彼女の顔を思い浮かべる。
メンバーの暗さの原因となっている彼女こそが、いつもであれば、暗い雰囲気を打ち消してくれる存在であった事を思い知らされる。
あまりにもリーダーであるはずの少年が、その心に受けたショックを隠しもせずに絶望感を漂わせている為、他のメンバーは、自らの悲しみを表に出しにくくなってはいる。ただ、実際には、どのメンバーも、あの賑やかなで優しいおしゃべり妖精が消えてしまった事に対して、深く、深く、悲しみ傷ついているのだ。
そんな重苦しい雰囲気の帰り道……、少年がやっと竜騎士の背に負ぶさったまま口を開いた。
「………あ、あの………。」
それはあまりにもか細い声ではあったが、静まりかえったメンバー全員がその声に反応して少年へと顔を向けた。
ソーンは、少年がやっと声を発した事に安堵し、話しかけた。
「………ヒロ君。良かった……。やっと正気に戻れたかしら? あまり、みんなを心配させるものではないわよ。」
「――そうよ、ヒロ兄っ! ナミもアメワ姉も泣きすぎて目が腫れちゃったわよ! ほら、見て! 出目金みたいっ!」
ソーンが作ったきっかけを利用して、努めて明るい声を絞り出すナギに、相変わらず口では勝てないながらも、ナミでが、こちらも負けじとやり返す。
「――はぁ? 私が出目金なら、あんたは何よ!赤い目を血走らせて、あぁ、怖い、怖いっ!」
「――はぁ!? 誰が怖いってっ!? こんな可憐な美少女を捕まえて、なんて事言い出すのよっ!」
「――可憐てのは、アメワ姉とか、ソーン姉みたいな人を言うんですっ! あんたみたいな蝋人形は、ただ幼いっていうの!」
「――残念でした、今はアメワ姉も出目金状態ですぅ。私と一緒に死ぬほど泣いたからね。あとから来たナギとは違うのっ! わかった?」
――先も後もない
実際にはそんなこと思っているわけではないが、少年を元気付けたい一心で、会話を絞り出す。
いつもであれば、少年か妖精が、サラッと嗜めてくれて、それを、みんなが笑いにしてくれるのだ。
だが、今、妖精は居ない。そして、少年も唸るだけでいつもの役割を果たしてはくれなかった。
こうなると、ナミもナギも、拳を振り上げたままで、収拾がつかない。しょうがなく、2人はソーンとアメワを見る。
「……はぁ……、二人ともいい加減にしなさいね。」
ソーンの嗜める言葉に、2人はとりあえず安堵し、振り上げた拳を下ろした。
「……ご、ごめんなさい……。あの………。」
なんとも自信のカケラもない少年の言葉は、ついさっきまで、魔物の大群相手に、最前線で奮戦していた冒険者のものとは思えない。
いつもなら、【アリウム】ファミリーのリーダーとして、メンバー全員をしっかりと盛り上げてくれる、そんな少年が、今、みんなに向けて話をすることすら戸惑っている様子に、メンバー一堂、かなりの不安を抱いていた。
「……ヒロ君。ベルさんの事、ショックなのは私にもわかってる。みんなだって、ベルさんが居なくなってしまって悲しんでいるのよ。だけど、いつまでもそれを引きずって前に進めないようでは、ベルさんに怒られるわ――ヒロ君、しっかりしなさいっ!」
このままでは、少年がダメになってしまう。
そう考えて、ソーンは再び強い言葉で少年を叱咤する。いつも辛い思いをしながら、乗り越えて来た少年を信じているから。
「……ご、ごめんなさい……、でも、そうじゃないんです……、あ、あの……。」
ソーンは少年の歯切れの悪い返答に、僅かに苛立ちを覚える。
「――ヒロ君っ! いい加減にしなさいっ! ごめんなさい、ごめんなさいって、誰もあなたをせ責めてなんかいないでしょっ!?――はっ……。」
つい、苛立ちを我慢できず、大声をあげてしまい、慌てて口を閉じるソーン。
見かねてライトが口を出した。
「――ソーン、落ち着いて。――ヒロ君も、しっかりしないと、ね?」
ライトの穏やかな口調に、ソーンは動揺しながらも引き下がる。最後まで少年を支えるつもりが、彼を追い詰めるような振る舞いをしてしまった自分に、改めて腹が立つが、ここはライトに感謝して気持ちを沈めようと「こんなつもりじゃなかった」と言う言葉を飲み込んだ。
しかし、気持ちを落ち着けようとするソーンが、深く深呼吸をしようとした時、少年がとんでもない事を話し始めた。
「……ごめんなさい……、ち、違うんです……。僕が謝っているのは……、ぼ、僕は、ヒロさんでは無いんですっ!!」
――!?
その場にいる誰もが、その言葉の意味が、理解できずにいた――