暴走
――俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで……………………………………………………………
白いワンピースを右手に抱え、左手で自らの頭を抱えたまま動けないでいる少年に、仲間たちも声をかけられずにいた。かける言葉が見つからないでいたのだ。
――俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに俺のためなんかに…………………………………………………………
少年だけではなく、勿論、仲間をなくした他のメンバーだって苦しく、悲しく、やりきれない思いを持っている。しかし、絶望という言葉が相応しいほどに表情から色の抜けた少年を目の前に、これ以上、かける言葉を持ち合わせていなかったのだ。
――なんでこんな事に………、
出会ってからずっと、俺と一緒にいてくれた。俺と一緒に笑ってくれた。俺と一緒に泣いてくれた。俺と一緒に強くなろうと誓ってくれた。いつも俺の為に俺の代わりに怒ってくれた。
――ああ、どうして………、
俺は彼女の為に何ができた?俺は彼女の為に何をした?俺は彼女から貰ってばかりだった。俺は彼女に助けられてばかりだった。俺はずっとずっと、彼女に救われていた――
虚な目で空を見上げるヒロ。
後悔が次から次へと湧き出してくる。
後悔と一緒に、その瞳からは止めどなく涙が流れていた。
しがみついていたナミを左手でそっと身体から押し放すと、ヒロは瞼を閉じた。
精霊たちも、固唾を飲んでヒロの顔を見つめている。
――パキンっ!!
突然、その場の空気が凍り付いたかのような音が響くと、ヒロはそのまま崩れ落ちる。慌てて仲間たちが駆け寄るが、ヒロの周りに展開された【障壁】が立ち塞がり、あと数歩の位置から近づけない。
今まで、仲間を拒絶することのなかった【アンチ】の力が、信頼し合っていたはずの仲間たちを拒絶したのだ。
ヒロは眼を閉じたまま、その場に両膝をつく。
【障壁】を叩いてヒロに呼びかける仲間たちの姿すらその目には入っていない。まるで精気を失ったその目は、グレーに濁っている。
「――ヒロ兄っ!!」
「――ヒロ君っ!!」
「――ヒロ殿っ!!」
「――ピピ〜っ!!」
変わるがわる呼びかける仲間たちの声が、ほとんど沈みかけている夕陽を浴びながら虚しく響き続けていた――
♢
♢
どれほどの時間少年に呼びかけただろう。
あれほど空を紅く染め上げていた夕陽はすっかり沈み、すでに空は藍色から黒へと色を変え、闇が彼らを包み込んでいた。
「――立ちなさいっ! ヒロっ!」
突然、声を枯らし呼びかけ続けた仲間を押しのけて、白い修道服に身を包んだ女性が前に出た。
その後ろには、魔導士然としたローブに身を包んだ男性と、白髪、紅い瞳の少女が立っている。
彼女達は、呼びかけに微動たりしない少年に向けて、強い言葉で言い放った。
「――ベルさんなら、こんな時、あなたになんて言うと思う? 情けないわね、しっかりしなさいっ!、て髪を引っ張りあげて、あなたを無理矢理立たせるはずよっ!」
大声で少年に語りかけたのは、リンカータウンからの救援要請を聞きつけて、レッチェタウンから大急ぎでやってきた、ソーン、ライト、ナギの三人であった。
彼女たちは、涙を流しながら【障壁】を叩き続けていた3人を見つけ、ベルが消えた状況を聞いた。 初めは大切な仲間を失った悲しみに一同絶句していたのだが、ただひとり、仲間をも拒絶して妖精の消滅に絶望し続けている少年を、強く叱咤したのである。
「――ヒロっ! しっかりしなさいっ!」
ソーンの言葉は厳しく、でも優しい。
仲間たちを家族として受け入れ、これからも一緒に歩むと決めた時から、彼女の思いは全くぶれない。「皆んなを守り抜く」という信念こそが、彼女の芯となって支えている。だからこそ、一人で勝手に絶望してしまっている少年に腹を立てているのだ。
――なぜ、私たちを頼らないっ!
ソーンはすでに決めている。
迷って塞ぎ込んでいた自分を連れ出してくれたから今がある。この幸せな時間を与えてくれた少年の為に、一緒に成長する仲間の為に、いや、家族の為に、自分のできる事をやる――これは彼女の誓い。
「――ヒロっ! この壁を消しなさいっ!」
その言葉は、まるで母のように、姉のように、恋人のように、友人のように――絶望に沈み続ける少年の顔を上げさせた。
「――ヒロっ! あなたは1人じゃないのよ! こうやってあなたに呼びかけ続けている仲間の姿を見なさいっ! あなたに寄り添ってくれている家族の姿を見なさいっ!」
顔をあげた少年は、その、灰色に濁った瞳を仲間へと向けた。表情は変わらないが、確かに【障壁】に縋りついて涙を流しながら叫び続ける仲間たちを見た。
ソーンの呼びかけを、他の仲間たちは固唾を飲んで見守っている。
すると、少年の口元が、何かを呟いた……。そして、次の瞬間、
――キュィィィィ〜〜〜ン…………。
甲高い音が響き渡り、少年の周りを覆っていた【障壁】が、徐々に球体へと姿を変えて小さくなっていき、最後に少年の胸の中に吸い込まれた。
自分たちを阻んでいた壁が無くなり、呼びかけを続けていた仲間たちが少年に駆け寄る。
ずっと叫び続けて声を枯らしていたアメワとナミは少年に抱きついて声を出さずに涙を流し、あとから来たナギも一緒に縋りついて涙を浮かべた。
ソーンは、緊張感から解放されて安心したのか、その場にへたり込んでいたが、年長組のライトとギースに支えられて立ち上がった。
「よくやったね、ソーン。さすが、みんなの母親だ。」
冗談を含んだライトの労いの言葉に、「誰が母親よっ!」と突っ込みを入れながらも、表情を緩めながら少年の元へと歩み寄る。
少年は、ストンと正座の状態で惚けたまたではあったが、仲間を拒絶していた壁はなくなり、仲間達の抱擁を受け入れている。
「――ヒロ君。帰りましょうか。」
ソーンの言葉に、僅かに反応した少年だったが、何か意識がハッキリとしないのか、未だに目の焦点が定まらないでいる。
身体の大きなギースが少年を背中に背負い、少年のリュックをライトが背負う。ナミとナギはギースに背負われた少年の裾を掴み、ニールはナミの頭の上に乗った。精霊たちは、それぞれの宿り場に戻り、精霊箱に戻れない霜男だけは、ナギの肩に乗っている。
仲間の一番後ろを、まだ涙を流しているアメワの肩を抱きながらソーンが並んで歩いていた。
「――頑張ったわね、アメワ。」
誇らしいわ、とアメワを気遣う言葉に、やっとの事で涙を止めたその瞳から、また涙が溢れた。
「――ソーンさんっ! もう、泣かせないでよっ!」
ふふふ、と優しく微笑むソーンは、仲間の危機に間に合わず、大切な仲間を救えなかった悔しさを表情には出さずに、これからの仲間たちの心のケアの為に何ができるかを考えていた。
そう、この時点では、大きな変化に気づくことは出来なかったのだ――