内緒の話し
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「――ベルっ!! なんでっ!!」
ヒロは、背中から重さを失い、動揺した。
あまりにも呆気なく、妖精の残した温もりは消えていく。
今、残されたのは、ヒロの首にかけられた妖精の冒険者章と、左手に残された指輪扱いの冒険者章。そして、アメワとナミが選んで買ってきた妖精の衣服のみ。
何が起きたのか理解できず、立ち尽くしているヒロの左手から、火蜥蜴が妖精の指輪をそっと奪い取り、腰の精霊箱に丁寧に入れた。そして、その精霊箱の蓋を外に出ていた霜男がそっと閉める。土小鬼と波の乙女は、悲しげにヒロの姿を眺めていた。
「――ヒロ兄っ!」
口を開けたまま、呆然とするヒロに、ナミが抱きつく。そして、先程から止まらない涙を、さらに溢れさせた。
「――ヒロ君……、ベルさんは、笑っていたわよ。あなたのプロポーズが余程嬉しかったのだと思う……。」
言葉を選ぶように、静かに話すアメワ。やはり。その瞳からは涙がこぼれつづけている。ヒロとナミを包み込むように抱きしめ、言葉を紡ぐ。
「……ベルさん、身体は大きくなれたけど、自分は魔力の量は大して増えていないって言っていたの……。」
アメワは、先日、宿屋でアメワとナミに会った時、ベルが話していたことを語り出した――
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アメワとナミは、身体が大きくなったベルが、白い布を身体に巻きつけてドレスのように着ていたのを見て、ヒロとギースを叱りつけていた。
二人はあまりに女性に対して配慮が足りないと、しばらく怒った後、大急ぎでベルの為に服を買ってきてくれた。
「――とりあえずは、これで。元気になったら一緒に買いに行きましょ。」
それは、真っ白なワンピース。しばらくは冒険も無理だろうから、お洒落しましょうと髪飾りで長いブロンドの髪も綺麗に纏めてくれていた。
大人の女性と、少女の間……、そんな優しい妖精の姿に、ヒロを始め、その場にいたメンバー全員で見惚れていた。
しばらく、ベルの事を女性陣だけに任せて、俺とギースが部屋を離れている時、妖精は二人に話しだした。
「……私、この間のニールを守る戦いの時、初めてシルフ達の力を借りることができたの。やっとヒロの役に立てたのよ! 嬉しかった……。」
ニコニコと話す妖精。しかし、その後、少し寂しそうな表情で話を続けた。
「……でもね、身体が大きくなって、シルフの力も借りれるようになったけど、魔力の量はほとんど増えていないみたいなのよね……。」
「――えっ、じゃあ、どうやってシルフに魔力を渡しているの?」
妖精は、白い歯を見せて笑う。
「――それは、よくわかんないわっ! でも、これからもヒロの為になるなら、この力を使うからっ!」
「ちょっと、ベルっち、それ危ない事してるんじゃないよね?」
「大丈夫よ。ただ、力を使うとこうやって疲れすぎちゃうのよね……。だから、私が動けない時は、アメワもナミも、ヒロをお願いね。」
「……ちょっと、じゃあ、今動けないでいるのは、シルフの力を借りたせいなの? もしかして、足りない魔力の分を他の何かで賄っているんじゃないわよね?」
そこまで話すと、ベルは微笑みながら人差し指を唇に当てた。
「ヒロには内緒よ。ヒロが知ったら、冒険に連れて行ってもらえなくなっちゃうもの。」
「――ダメだよ、ベルさん! そんな、もしかしたら命に関わる事かもしれない事、そんな危ない力使っちゃダメよ!」
「――そうだよ、ベルっち! ちゃんと私たちが頑張るから、無理しちゃダメだよっ!」
妖精は、そんな二人を無理やり抱き寄せて、それ以上の言葉を遮った。
「ごめんね、無理はしないわ。でも、ヒロが危ない時は、迷わず私はこの力を使う。だから、それまでは、内緒にしてて。2人だって、頑張り続けるヒロの役に立ちたくて頑張ってるんだから、わかるでしょ?」
二人を抱きしめたまま、ベッドに三人で寝転ぶと、笑いながら言う。
「――大丈夫。せっかくヒロと腕を組んで歩けるようになったのよ? 変なことして、また妖精の身体になんか戻りたくないもの。
ふふっ、お子様のナミとナギじゃ、私みたいな大人の女性の魅力は出せないから、恋愛レースでの私の勝ちは決まったようなものねっ!」
最後は、話を誤魔化すように、ナミをおちょくる妖精。ナミは、大騒ぎで反論しているが、何かを言おうとするアメワには、「何も言わないで」と目で語る妖精の悲しげな表情をみせる。アメワは、そのまま何も言えずに口を閉じた。
その時は、まさか、妖精が消える事になまでなるとは、アメワは想像出来ないでいた――
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――じゃあ、ベルは足りない魔力を他の何かで賄って、無理矢理力を使っていたのか? しかも、俺を守る為に……。
「………俺が無茶をして、ピンチに陥ってしまったから……、それで、ベルさんは無理して力を使って、こんなことになってしまった……!? 」
ヒロは頭を抱えてうずくまった。
「「…………。」」
黙り込むアメワとナミ。そんな中、ヒロに声を掛けたのはギースであった。
「……ヒロ殿。ヒロ殿は、仲間が危機の時、自分の身を捨ててでも助けにいくのではないですかな? 私自身も、仲間の為なら盾とも身代わりともなる覚悟でおります。ベル殿も、まさにそう考えていたのではないですか? あの優しき妖精の少女は、ヒロ殿以上に大事なものは無かったのですよ。」
おそらくギースの言う通りだったのだろう。
しかし、ヒロはその言葉を受け入れる事は出来なかった。
自分なら、【障壁】の力で危険から我が身を護ることができる。だから、みんなの為に前に出て、危険に立ち向かうことができるのだ。みんなのように、【障壁】も無い状態で人の為に危険に飛び込むことなど、きっとできないだろう。
根本的に、自分だけなら大丈夫だから、周りを巻き込まないように立ち回ってきたのだ。
だけど、今回のように、【障壁】スキルの力だけでは解決出来ずピンチに陥ってしまい、自らの力だけでは乗り切る事が出来なくなってしまえば、結局は仲間に助けてもらわなくてはならなくなって、かえって大きな危険に巻き込んでしまった。
――自分の力を過信した?
いや、そこまですら考えていなかった……。
――自分一人だけで、なんでも出来ると思っていた?
いや、ただ、いつも夢中で飛び込んでいただけで、そんな事考えていなかった……。
そんな考え無しで情け無い自分のせいで、結局は、みんなに迷惑をかけてしまい、あの優しい妖精は身を削ってまでして助けに来くることになったのだ。
彼女だけじゃない……、きっとライトも、ソーンも、アメワも、ナミも、ナギも、ギースも、ハルクも………、自分のせいで必要以上の危険に身を晒すことになっていたに違いない……。
「――ベル………!?」
その場に残された白いワンピースを抱えたまま、ヒロはその場にへたり込んでいる。その表情は、昔、魔物の子供と馬鹿にされ、蔑まれ続け、自信のカケラもなかった頃のように、白を通り越して真っ青になっていた――