願い
「――あのね、やっと、ベルさん専用の冒険者章が出来たんだ。ほんとは、小さいベルさんの身体に合わせて作ってくれたんだけど、ベルさん、大きくなったから、意味無くなっちゃったね。」
俺は、ベルから預かっていた冒険者章と、ギルド長から預かった冒険者章の2つを取り出した。
「――もっと早くにベルさんに返そうと思ってたんだけど、いつもタイミングが悪くて……。でも、やっと渡せるよ。」
ベルは気だるそうに顔をあげて笑う。
「……ふふっ、どうしたの急に。」
「――ほら、見て。せっかく作ってくれたし、ベルさんも喜ぶと思って貰っておいたんだ。」
「……あら、随分と可愛らしい冒険者章ね……。まるで指輪じゃない。」
そう言ってまた笑うベル。そして、俺の顔の前に
左手を差し出した。
「……ねぇ、付けて。」
俺の耳元で囁くように懇願するベル。
俺は戸惑いながらも、ベルの左手を取る。そして、そのまま小指に冒険者章を嵌めようとした。
「……ヒロのバカっ! そこじゃないでしょ!? 男が女に指輪をプレゼントするって意味わかってるの!?」
いや、その位の事、わかってるけど……。
「――いや、でもさ……。」
すると、ベルは力の入らない右手で俺の頭をはたき続ける。
「――なによっ! 私じゃあんたの伴侶に相応しくないっていうのっ? 私以上に、あなたを愛している女はいないわよっ!?」
いや、でも、これ冒険者章だし。それに、伴侶って、ベルさんは俺とそうなりたいわけなの!?
俺が戸惑い、焦っていると、ベルはまた笑いながら言った。
「――ヒロ。私はあなたを心から愛しているわ。だから、今、この時の一瞬だけでいいの………。その指輪を私の左手の薬指に嵌めてちょうだい。お願い……。」
俺は、ベルの不思議な雰囲気に、やや戸惑いながら頷いた。
「――ふふっ。ヒロ、愛してる……。」
俺は、ベルさんとなら夫婦になるのもいいかな、と、彼女の薬指へと冒険者章を嵌めた。
女性の左手の薬指に指輪を嵌めるのは、前世の嫁さん以来、2人目だ。
こんな俺を愛してると言ってくれるのだ。前世では嫁さんと娘を守り続ける事が出来なかったし、今回だって彼女を危険な目に合わせてしまった俺のことを……。
こんな俺でいいのか。俺もまた女性を愛してもいいのかな……。
「――ちょっと、なにため息ついてるのよっ! ――でも、ありがと……。」
そう言ってベルは俺の背中に顔を埋める。
こんな俺を愛してくれるという妖精に、俺は改めて感謝し、言葉を繋いだ。
「――ベルさん、ありがとう。俺と……、ずっと一緒に居てくれますか?」
俺は、この世界で目覚めてから、初めての仲間、おしゃべり妖精との冒険を思い出しながら、彼女の左手を握った。
「――ふふっ、まるでプロポーズね……!? 嬉しい……。」
夕陽のせいだけではなく、俺の顔は真っ赤になっていたと思う。まさか、こんな所、こんなタイミングで、女性にプロポーズする事になるなんて……。
そんな俺の情け無いプロポーズから、一拍の間が空いてベルが応える。それは、不思議な返事だった。
「――もちろんよ、ヒロ。私はあなたのパートナー。あなたと、いつまでも一緒にいるわ……。でも、この誓いは私だけの誓い……。あなたは、必ず幸せになるのよ。」
えっ、それはどういう事だろうか?
ベルさんだけの誓い!?
「――えっ、ベルさん、それってどう言うこと? ベルさんっ! いや、ベルっ!?」
俺が出した素っ頓狂な声に、前を歩いていた3人が振り向いた。
「……ヒロ、愛してる。だから、必ず幸せになってね……。」
そう言って、俺の手からベルの冒険者章を優しく奪い、そのまま俺の首に掛ける。
「―――!?」
意味がわからずなされるがまま、呆然としている俺の頬に、ベルの柔らかい唇が触れた。
「……大きくなれて、やっとあなたの役に立てると思ったけど、どうやらここまでみたい。あなたと腕を組んで歩けたこと、本当に嬉しかった……。」
何だ、この感じ……。ベルの不思議な返事に戸惑って声が出ない。
すると、前を歩いていた3人から声が上がる。
「――ベル姉っ!?」
「――ベルさん! その身体……。」
「――ベル殿……。身体が透き通っておられる……。」
え………。
「……ふふっ、みんな見てこの指輪。ヒロにプロポーズされちゃった!」
そう言って、ちゃめっ気タップリに笑うベル。
「……ナミ、恋愛レースは私の勝ちね。でも、私はここまでみたい。これからのヒロを頼んだわよ。」
ナミは、「な、何がよっ!? ま、負けてないしっ!」と、強がりながらも、何故かポロポロと涙を流している。
「……アメワ、あの時ヒロを裏切った事、今でも後悔してるんでしょ。でも大丈夫よ、私があなたを許してあげる。だから、これからもヒロの事、お願いね。」
アメワは、顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちた。
「……ギース、あなたとは短い付き合いだったけど、あなたの誠実で実直な所、好きだったわ。とても信頼してる。ヒロを頼むわね。」
ギースは、「承知。」とだけ応えて、空を見上げた。
「……ニール、あなたはこれから、もっと力をつけていくはずよ。ヒロは、戦う方の才能はイマイチだから、ヒロの足りない部分は、あなたが担ってあげてね。」
「ピピピっ!」、古竜は、任せておけとでも言っているのだろうか、何か精悍な顔つきに見える。
ベルを負ぶっている俺だけが、何がなんだかわからずに戸惑っていた。みんな、どうしたって言うんだ?
「――あぁ、みんなともっと冒険したかった……。みんな大好きよ! ライトにも、ソーンにも、ナギにも、ハルクにも……、みんなにありがとうって伝えてね。」
どういう事だよ、俺は耐えきれなくなって、ベルを背中から下ろそうとした。しかし、彼女はしがみついたまま離れない。
「――ヒロ、このままにしていて。」
そう言って俺に指に嵌めた冒険者章を俺の目の前に差し出した。
「――私は貴方の側にずっといるわ。だって、私は貴方のパートナーだもの。ちょっと不恰好で、サイズの合わない指輪だけど、しっかり受け取ったから――。」
すると、ふっと背中が軽くなった。
『 愛してる 』
この言葉だけを残して、優しい妖精は消えていった。まるで、夕陽に溶けて行くように、すっと。
その日、彼女は、僕の背中に少しの温もりを残して……、消えた――
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