光明
♢
―― ちょっとヒロっ!? しっかりしなさいっ!? まったく、あんたも私が居ないとダメみたいねっ!
あ〜……ベルさんの声が聞こえた
―― ヒロ兄っ! 生きてるよねっ! 絶対助けるからっ!
ナミも来てくれたのか……
確かに2人の声が聞こえた。
アメワが上手く采配してくれたかな。
たぶん、さっきの衝撃はニールのブレス。その後のもっと凄い衝撃は誰だろうか。
ギースさん、ちゃんと約束守って、皆んなを守り抜いてくれたんだな。
重い……、まだ動けないか……
みんな……。
♢
「ちょっと、まさかあそこにヒロがいるのっ!?」
妖精は、目の前に積み上がるオークの山を見て、一気に不安な顔になる。
古竜のブレスと、ギルドマスターの使役する上位精霊の一撃を浴びせても、まだまだ積み上がるオークの山は全く小さくなった気がしない。
いくら彼のスキルが強力で、あの中で生きているとしても、魔力が無くなればそれも維持できない。
妖精は涙が溢れてきた。
「――ちょっと! 誰かなんとか出来ないの!? あのままじゃ、ヒロが死んじゃうっ!?」
妖精の悲痛な言葉が街道に響く。
「――ねぇっ! 誰かっ! ヒロを助けてよっ!」
しかし、山のように積み上がったオークの前にも魔物たちが犇めいている。あれをなんとかしなくては、オークの山に辿り着くことすらできないのだ。
すでに、古竜とギルドマスターは力を使い果たしている。先ほどのような強力な攻撃は無理だろう。
「――ヒロっ………。」
ここまできて、自分の力の無さを嘆くベル。
顔を手で覆い、涙を拭う。
肝心な時に、少年の為に役に立てないのか……。
いつも、彼が一番大変な時に、自分は役に立たない。
せっかく、身体が大きくなって、風の精霊たちの力を借りれるようになっても、自分は小さな妖精であった時と、変われていないのだ……。
しかし、絶望のあまりしゃがみ込む妖精を、隣に立った冒険者ギルドの受付譲が、無理矢理に立ち上がらせる。
「――ベルさんっ! 諦めちゃダメよ! みんなでもう一度、あのオークの山に向かって集中攻撃をしましょうっ! 街のみんな、いいわねっ!」
そう言うと、自らも足元に転がる石を拾いあげた。
「――ギルドマスターのおっさん、これを使ってくれよ。」
そう言って赤い魔晶をポケットから取り出したのは、ハーフドワーフの少年だった。
「本当はヒロに渡すつもりだったけど、使うなら今だろっ!」
それは、かなり純度を高められた魔晶。彼の努力の結晶である。彼が一生懸命作り上げた、かなりの量の魔力を蓄えているであろう、その魔晶を、ギルドマスターは、迷わず受け取る。
「――代金は、冒険者ギルドで払いますよ。」
ふふっと妖艶な顔で笑うエルフは、しっかりと左手で魔晶を握りしめて、右手を前へと掲げた。
♢
♢
「「「 せえのっ!! 」」」
♢
♢
再び、街の住民がオークの山に向けて一斉に石を投げた。
ギルドマスターは、再び炎の魔神=イフリート を召喚する。
「――ベルっち! やっちゃえっ!!」
魔獣使いが叫ぶ。
「――風の精霊シルフよ………。」
妖精は大気を動かす事に集中した。
この力を使えるようになってから一番の力を、自分の身体の中から絞り出すようにして込め続ける。
自分の魔力を超えて、その奥にある何かまでをも使って。
少年を想う、精一杯の気持ちと共に――
ヒロ
リンカータウンの住民によって空に投げ放たれた、5,000を超える石の礫が、妖精が動かす大気によって、一斉にオークの山へと運ばれ、降り注がれる。
その石の一団は、分厚い大気に押し出されて、勢いをさらに増しながら落ちていった。
そこに、今度は上空へと召喚された炎の巨人=イフリートが獄炎の炎を放つ。
その獄炎の炎は、石の礫を焼き、火礫へと変化させ、それはまるで隕石が空中で爆発して降り注いでいるかように眩しく光り輝いた。
そう、それは、星が落ちてきたかのような光景。
――キンっ………
その光の雨は一塊になりながらオークの山に吸い込まれた。その瞬間、光の塊はその場にあった音を全て置き去りにして、一気にオークの山を飲み込んだ――
あまりの眩しさに、その場にいた誰もが目を細める。
分厚い大気がその一点を押し付け続けたからか、光とオークの山が激しくぶつかったはずだと言うのに、そこからは、全く爆風は巻き起こらなかった。
その、あまりにも静かな光景に、誰も口を開けない。
そして、ゆっくりと光の塊が縮んでゆき、その場にクレーターと一人の少年だけが残った。
「――ヒロ!?」
そのクレーターの中心に、白髪の少年は大の字になって転がっていた。キラキラと輝く【障壁】に覆われた少年の周りには、確かにそこに積み重なっていたオークの山の存在を表すものは、カケラも残っていない。
ポッカリと、そこにいる少年を中心に、大きな大きな穴が穿たれているだけだった。
「―――!?」
その場で呆然と空を見上げていた少年を、駆け寄った少女がギュッと抱きしめる。
先程まで、魔物を拒絶し続けていた【障壁】は、彼女を全く拒絶しない。
少年の胸に、顔を埋めて泣きじゃくる少女を、少年はしっかりと抱きしめてあげたいが、力を使い果たしたのか、少年は腕を動かすことができなかった。
その代わりに、ふぅ、と息を大きく吐き出し、少女に向かって一言だけ話しかけた。
「………ベルさん、ありがとう………。」
曇天の雲に覆われていた空は、先ほどの光に吹き飛ばされたのか、青空が広がっていた。